盲目的な恋と友情 辻村深月著悪意へと変貌する愚かな純情

2014/7/14

死者との再会をかなえる「使者(ツナグ)」をめぐる連作『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、平凡な人々の魔の差す瞬間を捉えた短篇(たんぺん)集『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した辻村深月は、いまもっとも注目されている女性作家だろう。

(新潮社・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 おりしも今年は第三十一回メフィスト賞受賞作『冷たい校舎の時は止まる』(二〇〇四年)でデビューしてから十周年となる。それを記念して新潮社、マガジンハウス、講談社の三社新刊リレーフェアが行われるのだが、その第一弾が書き下ろしの本書である。

 一瀬蘭花(らんか)は、大学の管弦楽団で第一バイオリンを弾いている。そこにプロの指揮者の茂美があらわれ、蘭花は夢中になる。“茂美星近(ほしちか)は、私に、この世の天国と地獄をいっぺんに運んできた”のだ。

 一方、傘沼留利絵は楽団で、“異形なほどに美人の”蘭花と出会い、心を奪われていく。“あの子は、私の春だった。/誰にも愛されない、私の、明けない冬の時代に訪れた、春だった”と後に回想するほどに。

 いったい天国と地獄とは何なのか。春だった、と過去形で語られるのは何故なのか。

 物語は「恋」と「友情」の二部構成である。「恋」では、蘭花と指揮者茂美の恋愛が、茂美の恩師の夫人を絡めて不穏に進行していくのを描き、「友情」では、蘭花と茂美の恋愛を見守った留利絵の視点から、「恋」の物語が語り直され、「恋」の最後に起きた事件の意外な真相が一気に浮上するのである。

 辻村深月は思春期の少女たちの心理の葛藤を見事に捉えるけれど、この小説でも、二十代の女性たちのあやうい友情が痛々しいまでに描かれる。自意識に囚(とら)われ、独占欲と嫉妬を必死に隠しながら、無意識のうちに被害者と加害者を綱渡りで演じて罪を犯すさまが、驚きのどんでん返しとともに最後の最後にあらわになるのだ(このミステリ的仕掛けが効果的だ)。大人になりきれない思春期の少女像をひきずる女たちの、盲目的で愚かな純情さが、憎悪と悪意へと変貌する恐怖も鮮やかである。

 鮮やかといえば、本づくりも忘れてはならない。黒地に金色のタイトルと作者名が美しいし、音符に彩られた猫や魚や昆虫や植物や獣人たちの絵も素敵(すてき)に不気味である。この装画(ヒグチユウコ)と装幀(そうてい)(鈴木久美)は、かわいらしい腐臭をただよわせて、あどけなく執拗で残酷、そして実に狂おしい物語の世界を見事にあらわしている。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2014年7月13日付]

盲目的な恋と友情

著者:辻村 深月
出版:新潮社
価格:1,620円(税込み)

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