「明宝(めいほう)ハム」と「明方(みょうがた)ハム」。ともに岐阜県郡上市の特産品で、国産の豚肉を使い、昔ながらの製法の素朴な味に人気がある。しかし名前や形状が似通っていて、互いに間違えて買ってしまう人も少なくない。
それもそのはず。両ハムの源流は同じで、分かれた後、生産地の村が村名まで変えるほどの激しいブランド競争をしてきた骨肉相食(は)む“ハム戦争”の歴史があった。
豚もも肉から脂肪と筋を手作業で取り除く(岐阜県郡上市の明宝特産物加工)美しい山々と清流で知られる奥美濃地方の城下町、郡上市。長良川鉄道の郡上八幡駅から車で北東へ20分、山あいに明宝ハムを製造する「明宝特産物加工」の本社工場が現れる。
白衣姿の約20人の従業員が、山積みされた豚のもも肉の脂肪や筋を包丁で丁寧に取り除いていく。名畑和永専務(51)は「手間のかかる解体工程こそ明宝ハムの命。ここまで細かい作業は、大手メーカーではまねできない」と胸を張る。
細切れにした肉は約1週間熟成させた後、調味料で味付けし、撹拌(かくはん)してフィルムに充てん。加熱・冷却を経て、プレスハムになる。かむと弾力があって、ジューシーな香りが広がり、どこか懐かしい味がする。
本社の廊下には銅板の肖像画が飾られている。高田三郎氏(故人)。旧明方村の元村長で、明宝ハムを立ち上げ、ハム戦争を仕掛けた人物だ。
両ハムの源流は1953年、奥明方の農業協同組合が山村振興のため始めた手作りハム。80年にNHK番組「明るい農村」で紹介され、人気に火がついた。しかし88年、農協が生産拡大を狙い旧八幡町に工場を移転したため、村が怒った。
高田村長らは第三セクターを設立し、「明方の宝に」との願いを込めて「明宝ハム」の生産を始めた。「明方」が「めいほう」と誤読されやすいことを逆手に取った戦術でもあった。村はスキー場や温泉にも「めいほう」「明宝」の名を冠し、ついに92年には村名まで明宝村に変えた。
「銭もない、名前(知名度)もない、『明方ハムのニセ物』からの出発だった」。創業時から高田村長を支え、後に社長を務めた高田徹さん(69)は振り返る。「唯一の命綱」が農協の工場から引き抜いた元職員18人とハムのレシピだった。県内各地を回って口コミで売り歩き、地道に販路を広げていった。
反骨の村にも、平成の大合併の波が押し寄せる。2004年、明宝村や八幡町など7町村が合併して郡上市が誕生した。その際、旧明宝村の7自治会が金を出し合って一般社団法人「明宝」を設立。旧村から明宝特産物加工の株式を取得して、経営を引き継いだ。
肉塊をサイコロ状に切断しミキサーで撹拌する(郡上市、JAめぐみの郡上加工事業所)高田さんは「村の名前は消えたが、明宝ハムのおかげでUターン就職が増え、地区の人口は減っていない。過疎脱却の目的は達成できた」と満足そうに語る。
明宝地区から八幡地区に戻り、明方ハムを生産する「JAめぐみの」の郡上加工事業所を訪ねた。手作業で豚肉の脂肪や筋を取り除く工程は同じだ。最新のドイツ社製のカッターで肉と脂肪をサイコロ状に切断し、ミキサーで1度に160キログラムの肉を撹拌する。こちらは2週間塩漬けするため、やや塩辛いのが特徴だ。
和田雅津所長(54)は「国産豚肉100%、水は一切使わないので、おいしくて当たり前」と自慢する。両ハムとも県産肉だけでは需要に追いつかず、現在は九州産が主流。豚肉価格の高騰に悩みながらも、売り上げを伸ばし続けている。
郡上八幡産業振興公社が販売する両ハムの詰め合わせ「郡上のハム競演」ハム戦争ぼっ発から26年。14年3月期の売上高は明宝ハムが13億9千万円、明方ハムが7億8千万円。明宝ハムの蒲昌範社長(52)は「ハム戦争で話題になり、大きな相乗効果があった」、明方ハムの和田所長も「分かれて競い合ったからこそ、お互いここまで伸びた」と言う。
郡上八幡産業振興公社は06年から、両ハムを詰め合わせた「郡上のハム競演」を販売している。公社の畑中敦さん(41)は「以前は八幡産の明方ハムだけを売っていたが、合併を機に、郡上の2大ハムとして売り込みたい」と話す。ハムの両雄は、地域の誇りを支えるブランドとして並び立ち続ける。
<マメ知識>ともに特級プレスハム
肉をばらして、つなぎと混ぜて固めて作るプレスハムは日本独自の食品だ。1947年、伊藤食品工業(現伊藤ハム)が初めて商品化。安価で、貧しかった戦後の食卓に普及した。豚以外の肉も混ぜていたことから「寄せハム」とも呼ばれていた。
日本農林規格で、プレスハムは肉塊含有率によって(1)豚肉だけの肉塊が90%以上で「特級」(2)肉塊が90%以上、豚肉が50%以上なら「上級」(3)肉塊85%以上が「標準」――に分かれる。国産豚肉だけを使う明宝、明方ハムは堂々の特級だ。
(岐阜支局長 杉野耕一)
[日本経済新聞夕刊2014年6月17日付]
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