儒学殺人事件 小川和也著権力と思想が激突する歴史劇

2014/6/2

江戸城本丸で大老・堀田正俊が暗殺されたのは貞享元年(一六八四年)八月二十八日だった。犯人は若年寄の稲葉正休(まさやす)である。共に当時の政府要人だ。

(講談社・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 殺人には加害者と被害者がいる。「○○殺人事件」と銘打つからには、作品は殺人ミステリーというジャンルの約束事に従わなくてはならない。被害者が死んだ結果、「誰が利益を得るか?」の鉄則である。作者はこの鉄則に従ってあれこれまよったあげく、最後に真犯人をつきとめてゆく。

 だがそうした推理方式が有効なのは、真犯人が不明な場合に限る。堀田正俊暗殺のケースでは、加害者は犯行直後に現場で殺されているのだから、犯人探しになりようがないのである。それなのに「殺人事件」の構成を取ったところに作者の苦心と工夫があったといえよう。

 作者が案出するのは、稲葉正休は疑われるだけが役目の「第一容疑者」にすぎず、真犯人は別にいるというトリックではない。稲葉正休は誰かにそそのかされて兇行(きょうこう)に及んだいわば実行犯であり、背後の暗がりには「真の犯人」が潜んでいるという深層の構図である。

 その人物とは誰か? 江戸幕府第五代将軍徳川綱吉その人である。堀田正俊の死亡によって「利益を得る」という基準にもちゃんと合致している。

 この事件を説き明かすカギは儒学である。儒学はたんに仁義の道を説く道徳教学ではなく、治国平天下(国を治め、天下を平らげる)の理念をかかげる政治思想でもあり、戦国武断の世から抜け出し、その後持続する「徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」を支えた普遍的イデオロギーであった。

 正俊も綱吉も、ひとしく善政を敷こうとして儒学的理想主義をめざしたことでは同じだ。不幸の発端は、二人のそれぞれ思い描く「儒学」像がかけ違っていたことである。正俊は自己の理想主義のおもむくままに主君を諌(いさ)め、時と次第によっては諫死(かんし)することも辞さないタイプであった。綱吉の方は、自己を儒学的明君と錯覚するナルシシズムの傾向のある専制君主であり、やがては「善意の虐政」(徳富蘇峰)のきわみとされる悪名高い「生類憐(あわ)れみの令」を布告するに至り、だんだん自分の良心の化身のごとき大老の存在がうとましくなり、ついにはこれを抹消する。

 大老暗殺事件の謎の背景に隠れていた権力と思想の激突を追及する歴史劇の骨格を備えたこの労作は、アニメ的な筋書だけの「歴史小説」ばやりの昨今、好感が持てる作品である。

(文芸評論家 野口 武彦)

[日本経済新聞朝刊2014年6月1日付]

儒学殺人事件 堀田正俊と徳川綱吉

著者:小川 和也
出版:講談社
価格:3,024円(税込み)

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