話題の「熟成肉」 自宅で焼くにはコツがある
普通の肉と水分に違い
肉軟らか、芳醇な香り
「あの香りが忘れられない」。東京都新宿区のイタリア料理店「アンティカ オステリア カルネヤ」には、熟成肉を求めて連日人が押し寄せる。1番人気は炭火焼きステーキ(180グラム、夜は5184円)。厚さが5センチもあるのに、歯切れが良く軟らかい。ナッツのような芳醇(ほうじゅん)な香りは、普通の肉では味わえない。熟成肉は脂の少ない赤身肉を使うことが多く、女性からも人気が高い。独特の香りはワインとの相性もいいという。
熟成牛肉はエイジングビーフともいうが、エイジングには大きく2つの手法がある。ウエットとドライだ。ウエットとは肉を真空パックに入れて低温で数日から数十日間寝かせたもの。多くの熟成肉はこのタイプだ。
これに対して最近人気が高いのがドライエイジング。温度、湿度を一定に保った保管庫内で風を循環させ、乾燥させながら熟成する。カビなどが付着した表面は削って出荷する。
米国で確立したドライエイジングの手法を持ち込んだ食肉販売会社「さの萬」(静岡県富士宮市)の佐野佳治社長によると、熟成の原理はこうだ。風を当てることで肉の余分な水分(自由水)を飛ばす。その過程で微生物が働き、タンパク質がアミノ酸に変わる。それでも肉の内部には細胞と結合した水分が残っており、ジューシーさは維持されるという。さらには繊維がほぐれて軟らかくなる。
食肉卸、小川畜産興業(東京都港区)が熟成肉を研究機関に持ち込み分析したところ、うまみ成分は約10倍、風味は5倍に増えた。軟らかさも2割程度増した。「通常なら硬くてステーキには適さない安い乳牛の赤身肉でも驚くほど軟らかくなる」(高木聡取締役)
ドライエイジングした熟成肉は、シンプルな味付けで楽しみたい。「うまみが増しているので、塩だけでおいしい」(さの萬の佐野社長)という。軟らかさを堪能するには厚みのあるステーキが最適だが、「香りを楽しむならハンバーグもいい」(小川畜産)。さの萬や小川畜産ではステーキ肉やハンバーグも一般向けに販売している。
ブームを受け、多くの店が熟成肉を扱うようになった。ただ一部には十分熟成していないものもあるという。農畜産物流通コンサルタントで日本ドライエイジングビーフ普及協会委員の山本謙治さんは「熟成期間は40日程度必要」と話す。「エイジングビーフには独特の香りがあり、食べればすぐ分かる」という。
中~弱火でじっくりと
熟成肉は店頭やネットでも販売しており、加工前の赤身肉より2割前後高いのが相場。家庭で焼く場合はどうすればいいのか。カルネヤのオーナーシェフ、高山いさ己さんに聞いた。
「普通の肉との最大の違いは、水分含有量。乾燥により水分が減った分、火の通りが悪い」。高山さんによると、エイジングビーフは火を少しずつ入れていくのがポイント。何度もひっくり返しながら内部に火を通していく。火加減は中火から弱火が最適だという。
焼く数時間前には冷凍庫から出して完全に常温に戻しておく。事前に塩を振っておくと水分が抜けてしまうので「ある程度焼いてから振るので十分」。最後に強火にして焼き色を付けるとできあがりだ。
せっかくの熟成肉が硬くならないよう、焼きすぎには注意しよう。ステーキ店では焼いた後に肉を休ませることが多いが、熟成肉では不要だという。
家庭で熟成肉を作るのは避けた方がいい。「熟成には管理が行き届いた十分な広さの冷蔵庫が必要。家庭では腐敗の危険がある」(山本謙治さん)からだ。熟成は専門家に任せ、料理の味を堪能したい。
(河尻定)
[日経プラスワン2014年5月31日付]
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