「水彩画家・大下藤次郎」展明治期のパイオニアに光

2014/6/6

水彩絵の具は私たちが最も慣れ親しんでいる画材と言っていいだろう。千葉市美術館で6月29日まで開催中の「島根県立石見美術館所蔵 水彩画家・大下藤次郎」は、明治期の水彩画ブームに火をつけたパイオニアに光を当てた展覧会だ。

大下藤次郎(1870~1911年)は01年に入門書「水彩画の栞(しおり)」を執筆し、雑誌の「みづゑ」を05年創刊。明治半ばの英国の水彩画家たちの来日も追い風となって水彩人気は一気に広がった。この簡便な画材は画家たちを戸外にも誘う。名所、観光地だけでなく、日本らしい自然や風景に目を向けさせたのは水彩の功績のひとつでもあった。

画面のほぼ5分の4を空が占める「秋の雲」。一本道をゆく母子らしい人物にまずは目が向くが、大下が描きたかったのは刻一刻と表情を変える雲だったにちがいない。日時と方向を書き入れた「雲の観察」と題するスケッチも残しており、湿潤な日本の風土をその場で即興的にとらえようとしている。

房総の人々の暮らしをユーモラスにとらえた「菱花(りょうか)湾日記」などからは、興趣が尽きないとでも言いたげな画家の声が聞こえてきそう。早描きの水彩が、旅先での心の高ぶりも伝えてくれる。

大下以降の水彩画の発展を追う千葉市美術館所蔵品による2つの特別展示も見逃せない。西洋にあこがれつつ、千葉市内の各所を描いてまわった無(む)縁(えん)寺(じ)心澄(しんちょう)(05~45年)は思いがけない収穫。不透明な水彩絵の具を指先でがりがり削り取り、マティスらのフォーヴィスム(野獣派)のようだと同時代の画家を驚かせた。油彩画はほとんど残っておらず、同館に寄贈された多くの水彩画も制作年がいまだ分からない。画業の究明が待たれる人物である。

(編集委員 窪田直子)

注目記事
今こそ始める学び特集