OL誕生物語 原克著1920年代に見る知的労働の原型

2014/4/9

今年は現代化の起点、第1次世界大戦の百周年に当たる。この総力戦を契機に、それまでの女性肉体労働者とは異なった都市型の女性知的労働者が出現した。本書は当時「職業婦人」と呼ばれた彼女たちの生態を業界誌を含む同時代資料から読み解く社会史である。

(講談社・1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 と書くと、データ分析や史料批判を中心とした地味な歴史書を思い浮かべる人もいよう。さにあらず。本書はタイピスト平(たいら)均子(ひさこ)に淡い恋心を抱く三流貿易商社の新人サラリーマン、阿部礼二(あべれいじ、アベレージ=平均値)を主人公とする小説でもある。関東大震災後の復興帝都のビジネス界の日常風景を、今風にいえば草食系男子・礼二の視線で肩肘張らず観察できる。その面白くて為になる「語り口」は、著者が科学啓蒙雑誌(ポピュラー・サイエンス・マガジン)研究の第一人者であるゆえだろう。

 それにしても、なぜ「職業婦人」の典型がタイピストなのか。本書を読みながら、フリードリヒ・キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』(上下巻、ちくま学芸文庫)を再読したくなった。キットラーによれば、タイプライターという文書管理マシンは、南北戦争後に武器メーカーのレミントン社が民需転換で量産を始めた「ディスクール(言説)の機関銃」である。第1次世界大戦期に暗号文の電信端末に使われ、キー配列は計算可能性の技術として第2次世界大戦時のコンピュータ開発計画を駆動させた。だとすれば、タイプライターは総力戦が生み出した情報化社会を象徴する機械である。

 この意味で、1920年代の女性タイピストは今日の人間=機械システムの原型なのだ。彼女たちが直面した悩みがほとんど今日のOLと共通しているのは当然である。

 第一章「ラッシュアワーにも慣れました」では、なぜ職業婦人の8割が実務時に機能面で劣る和装なのかが検討される。能率性よりも「女らしさ」が重視されていたわけだ。第二章「オフィスの花と呼ばれても」では、タイプライターの打刻音から新しい公害「騒音」への対応が分析される。第三章「課長、それは無理というものです」ではタイピストに対するオフィス内の無理解が、そして第四章「残業デス、がんばるしかないわ」では中産階級出身の職業婦人に向けられた社会的偏見が批判的に検討されている。

 このタイピストたちの悩みは、今日のビジネスマン全体が多く共有するものである。タイピングがパソコン普及により性別を問わない知的労働となったからである。結局、私たちはみな彼女たちの末裔(まつえい)なのだ。

(京都大学准教授 佐藤卓己)

[日本経済新聞朝刊2014年4月6日付]

OL誕生物語 タイピストたちの憂愁

著者:原 克
出版:講談社
価格:2,052円(税込み)

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