イヌミチ
具体的事物で描く妄想
万田邦敏監督の映画のヒロインにはある傾向がある。平凡でまじめなOLなのだが、どこか社会に適応できない。生きにくさを抱え、自分を持て余し、妄想を膨らませる。対照的な2人の男の間を揺れ動く「UNLOVED」しかり、会ったことのない殺人犯に懸想する「接吻」しかり。映画美学校の学生たちと撮った新作も例外ではない。
出版社に勤める響子(永山由里恵)は有能な編集者だが、多忙な日々にうんざりしている。仕事仲間に誘惑されても気が乗らない。同居中の男と入籍する気にもならない。生理は来ない。
そんな時、携帯電話店で客に土下座している店員、西森(矢野昌幸)に出会う。心とは裏腹に犬のように従順にふるまう男にひかれ、家についていく。そして自分が犬に、西森が飼い主になった生活を始める。
「ワン」とほえ、四足で歩き、お手をする。投げられた骨を追い、床にはいつくばってエサを食べる。怪しい者に対しては「ウーッ」と威嚇し、かみつく。
犬と飼い主として暮らすため、ルールを確かめ合う2人。確認のたびに互いをいとおしむ感情は高まり、表情に生気が宿る。響子は仕事も恋人も放棄し、西森も巻き込まれていく……。
およそありえない話だろう。ほとんど妄想の世界に近い。ただ、万田は決してこれをファンタジーとしては描かない。登場人物の想像上のシーンは一つもない。すべてを現実の出来事として具体的に描き切る。
西森がペットショップで買う犬の食器、おもちゃ、首輪。卵料理に牛乳をぶちまけたエサ。響子がお座りをする腰つき、首筋をなめる舌の動き、かみついた歯型。感情の流れを具体的な事物と身ぶりだけで語る。
だからありえない話が真実味を帯びて迫ってくる。ありふれた日々にぽっかりあいた心の空洞が切実に伝わる。万田映画の真骨頂だ。1時間12分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2014年3月28日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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