宇宙論と神 池内了著究極の疑問への人類のいとなみ

2014/3/19

「神はサイコロ遊びをしない」

 これはアインシュタインが確率的にしか物理世界の出来事を予言できない量子力学は不完全な理論だと主張するときに語った有名な言葉である。彼と同じように神の存在など信じていないくせに物理学者は巧みに神様を利用する。池内さんは10年ほど前、物理学者の神に対する概念と物理学の進歩を照らしあわせながら、物理学とその歴史を論ずる『物理学と神』を著している。この本は、その宇宙論版である。「この世界には果てはあるのだろうか? また始まりというものがあったのだろうか?」。これは人類の歴史が始まった頃から問い続けられてきた究極の疑問である。

 この本に紹介されているように、世界の各地で同じような宇宙創生神話がある。宇宙論は宗教として始まり、かつては実証性のない哲学であり、また近くは現場を離れた年老いた科学者の趣味の学問であった。しかし、21世紀の今、アインシュタインの相対論、また彼が不完全と見なした量子論に基づいた物理学的理論として、またそれ以上に天文衛星、巨大望遠鏡による観測によって、138億年前の宇宙誕生から現在に至るビッグバン宇宙の進化が描きだされている。

 アインシュタインの予言した空間の歪(ひず)みが伝わる重力波を捕らえれば、ビッグバンの瞬間すら見ることができると言われている。現在最先端の宇宙論では無からの創生論、今我々の住む宇宙は10次元空間の中に浮かぶ膜のようなものとする膜宇宙論、宇宙が無数に存在するというマルチバースなど多様な理論が提唱されている。しかしいまのところ実証性はない。

 くわしく説かれているように、宇宙研究の歴史において神の役割は身近な世界から次第に遠くに追いやられた。しかし宇宙そのものの形やあり方、その創生は神の仕事として今も残されている。この本の第一章は「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」で語られる仏から科学が説かれている。豊かで深い文科系的教養に基づいて現代の最新宇宙論にいたる人類のいとなみが描き出されている。このようなことができる科学者は池内さんを除いて日本にはいない。これまで著されたことのない文理融合の宇宙論である。

(自然科学研究機構長 佐藤勝彦)

[日本経済新聞朝刊2014年3月16日付]

宇宙論と神 (集英社新書)

著者:池内 了
出版:集英社
価格:777円(税込み)

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