怒り(上・下) 吉田修一著信頼する力への深い問いかけ

2014/3/3

冒頭、凄惨な殺人事件現場の報告がある。真夏の八王子市郊外の新興住宅地で夫婦が殺され、血まみれの室内に「怒」という大きな血文字が残されており、犯人はすぐに特定されたが逃亡した、というものだ。

(中央公論新社・各1200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 その1年後、3つの場所で3つの物語が始まる。房総半島の漁師町、東京都心、沖縄の小さな島。家出を繰り返す娘を見守る男やもめの漁師、大手企業に勤めるゲイの青年、夜逃げ同然に島に移住してきた母子家庭の女子高生。異なる土地の風土と暮らしが生き生きと描き分けられ、秘密を抱えて生きる心優しい人々がていねいに造形されている。この作家の優れた美質だ。

 3つの場所のそれぞれに素性の知れない若い男が出現する。彼らはみな穏やかな若者だが、報告された犯人像に類似した特徴を持っている。3人のうちの誰かが犯人ではないか、と最初に疑うのは、警察でも周囲の人々でもなく、実はこの小説の読者である。そこが作者の仕掛けだ。

 その誰かが凶悪な闇を噴出させたら、彼を信じて受け入れたこの善意の人々はどうなるのか、読者はそういう不安に駆られてページをめくる。静穏な日々の叙述を読みながらも、「怒」という真っ赤な血文字が念頭にちらつく。作者は読者の心理にサスペンスを仕掛けたのだ。

 ユニークなスタイルの犯罪小説だが、作者の狙いは犯人捜しでも「心の闇」の解明でもない。

 やがて人々の間にも疑惑のさざ波が立ち始める。けれども、人々はもう突き放せないほど深くそれぞれの若者に関わってしまっている。信じたら傷つくかもしれないが信じなくても傷つくだろう。そのとき人はどうふるまえばよいのか。いちど傷ついた信頼は再びよみがえることができるものか。

 ますます流動化する社会にあって、人々は互いに秘密を隠しもつ孤独な他人同士として現れる。他人の闇の深さは誰にも測れない。共に生きるとは、闇を抱えた相手をそのまま受け入れることだ。その究極の受け入れが「愛」とか「信頼」とか呼ばれる。小説の読後に静かに立ち上がってくるのは、人間の信じる能力、愛する能力についての深い問いかけのようだ。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2014年3月2日付]

怒り(上)

著者:吉田 修一
出版:中央公論新社
価格:1,260円(税込み)

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