からすけ ほかにも方法があるの?

イチ子 60歳で1度定年を迎(むか)えて、仕事の内容を話し合って契約(けいやく)し直す方法があるわ。働く人は自分の生活に合わせて、短い時間や簡単(かんたん)な仕事を希望することができる。会社も契約を見直す分、お給料にかけるお金を抑えられるわ。契約の期間は1年だったり2~3年だったりだけど、65歳までに給料がゼロにならないようにするしくみなの。実はこの方法を取り入れる会社がいちばん多いのよ。

からすけ 60歳を過ぎても働く人は昔より増えたんだ。

イチ子 そう。仕事に就いている人のうち、約1割が65歳以上の高齢者になったという調査もあるわ。定年制のないアメリカやイギリスと比べても働く高齢者の割合が大きいの。日本は世界の中でも少子高齢化が進んでいるから、高齢者が働く日本のしくみを参考(さんこう)にしようという国も多いみたい。ただ、今まで以上に高齢化が進むと、年金の支払いを始める年齢が65歳よりさらに上がる可能性もあるから、高齢者が働くしくみも変わっていくかもしれないわ。

定年制、明治時代に導入

豊島岡女子学園中学高等学校の神谷正昌先生の話
定年制度は、19世紀にドイツのビスマルクが、政治的に敵対(てきたい)する相手を引退させることなどを目的に作ったのが始まりといわれています。日本でも、明治時代に武器工場などで定年制度が導入(どうにゅう)されましたが、それ以前には、一定の年齢になったら自動的に仕事を辞(や)めなければならない、という制度はみられませんでした。
そもそも、昔は今よりも寿命(じゅみょう)が短かったこともあり、仕事を続けるのに年齢の上限を設けることはなかったと思われます。古代の律令制(りつりょうせい)では、逆に70歳になったら辞職(じしょく)を申し出ることができる「致仕(ちし)」の制度が規定されており、しかも70歳を超(こ)えてなお官職(かんしょく)についた例もみられます。
また、封建(ほうけん)社会においては、家の地位や権利、財産などを握(にぎ)る家督(かとく)と役職が結びついていたため、年齢とは無関係に、家督を跡継(あとつ)ぎに譲(ゆず)ると役職を辞めて仕事を退くのが通例となっていました。なお、江戸時代の庶民(しょみん)には一定の期間を決めて働く形態(けいたい)として年季奉公(ねんきぼうこう)が多く見られました。奉公が終わり、才覚(さいかく)が認められれば商家を継いだり、「のれんわけ」といって独立を許されたりするなど多様な形態がありました。
ニュースなテストの答え 問1=636万人、問2=4人に1人

[日本経済新聞朝刊ニュースクール2014年3月1日付]

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