穴 小山田浩子著妖しい土俗的魔力たたえる小説

2014/2/18

今回の芥川賞受賞作を中心とした作品集である。いずれも地方の土俗的な魔力のようなものを妖しくたたえた小説だ。主婦の「私」が夫の転勤をきっかけに、夫の実家の隣の一軒家に引っ越す。平凡な地方の日常を過ごしているうちに、ちょっとした違和感がだんだんふくらんでいく。それがはっきりと異様な世界に切り替わるのは、目の前を見たことのない「黒い獣」がよぎっていったときだ。獣の後を追った「私」は、川原の草むらの穴に落ちてしまう。どこからともなく子供の集団が現れたり、いないはずの義兄が登場したりする。土砂降りの中で庭に水をまいている義祖父の姿を、窓から見てしまう場面などはぞっとする。

(新潮社・1200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 といっても、ホラーやファンタジーの感触とは全然違う。携帯電話をいじってばかりいる夫や、人けない道沿いのコンビニのような、あくまで現代日本らしい即物的な風景のなかで、現実を越えたものの気配が、無気味(ぶきみ)なのにどこかなじみ深く絡まりついてくるのだ。このぞわぞわした居場所のない感覚は何だろう。

 本書に収録された「いたちなく」とその続編「ゆきの宿」を併せ読むと、古い家というもの――何代も子を産み育て守り継いできた営みの呪縛のようなものが、乾いたユーモアの底に見えてくる。

 「穴」の「私」にはまだ子がいない。そして「いたちなく」は子供を欲しがっている夫婦の、夫の視線から語られる。帰宅するなり妻から検査のための精液採取を頼まれるエピソードや、結婚して農家に引っ越した友人が家に棲みついたいたちに悩まされる話からは、いわば巣作り子作りへの、怨念にも似た深い執着が見え隠れする。

 現実と非現実を往復しながら、土地や家が胚胎するものをあぶりだす著者の小説は、地方の隅々まで都市型生活が浸透したと思える現代日本の、見えない深層を掘り当てようとしている。ラテンアメリカ文学でかつて発達したマジック・リアリズムを、この作家はその影響からではなく、自力で土地の力と対話しながら開拓しているようだ。著者の小説が今後どのような展開を遂げていくか、期待が尽きない。

(文芸評論家 清水良典)

[日本経済新聞朝刊2014年2月16日付]

著者:小山田 浩子
出版:新潮社
価格:1,260円(税込み)

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