産前・産後ママの孤立防げ 広がる支援の取り組み
「赤ちゃんのおなかを触って温めてあげると、自律神経のバランスも整うんですよ」――。今年1月末、わこう助産院の産前・産後ケアセンター(埼玉県和光市)。専門の講師による出産後のベビー・マッサージ講座は、参加した母親同士や子供との触れ合いで明るい雰囲気に包まれた。
産前・産後ケアセンターは2011年に開設。地域に溶け込めず、核家族化や夫の転勤などもあり、出産・育児で孤立しがちな女性の支援を目的とする。木曜を除き、連日、様々な有料プログラムを企画。ベビー・マッサージ講座もその一つだ。同講座に参加した女性(34)は「子育てが大変でも、ここに来てお母さん同士で話せば心がまぎれる」と話す。離乳食やアロマの教室にも参加し、育児の知識を得るだけでなく母親同士の交流を楽しみにしているという。同センターの代表理事を務める助産師の伊東優子さんは「産前・産後はホルモンのバランスが崩れ、マタニティーブルー、産後うつ病などで引きこもりになりやすい」と指摘する。
わこう助産院では、出産後に育児を助ける人が近くにいなかったり、子供の夜泣きで眠れなかったりする母親には、産後ケア入院を勧める。授乳の合間に子供を預かって体を休めてもらいながら、助産師が付き添って入浴など世話の仕方を指導する。センターや助産院の利用件数は12年度で計約3500件と、前年度から約3.5倍に増えた。伊東さんは「地域社会の絆が薄れる中、同じ境遇同士が集まれる場所として、心のよりどころになっている」と分析する。
水口病院(東京都武蔵野市)は昨年11月から、健診で訪れた妊婦に助産師が相談に応じる無料サービス「バースアドバイザー」を始めた。医師の診察の後、助産師がカルテで健康状態を確認しながらアドバイス。内容は妊娠の時期に合わせて変え、初期なら流産の予防やつわりへの対処、中期なら体重のコントロールの方法などを助言する。出産後の1カ月健診まで、一貫して妊婦に寄り添う。
担当する2人の助産師は、助産の経験は豊富ながら妊婦と世代がほぼ同じ30歳代で、「気さくで話しやすい」と好評だ。バースアドバイザーの目的は安全な出産に向けた保健指導だが、「悩みを聞いてほしいという人が多く、話をよく聞くよう注意している」(坂田陽子さん)「出産はつらいとの印象を持つ人が多いが、正しい情報を提供することで楽に過ごしてもらいたい」(川辺英代さん)という。
もっとも産科や助産院に毎日、通うのは難しい。気軽に相談したいという女性からのニーズは絶えない。それに応えるのが、NPO法人きずなメール・プロジェクト(東京・杉並)が携帯電話向けに配信するメールマガジン「きずなメール」だ。産前の妊婦には出産まで毎日、おなかの中の子供の状態や、妊娠中に気をつける健康管理や食事などの情報をメールで提供。産後も3日に1度、原則1歳の誕生日までメールマガジンを配信する。
11年に始めた産前メールの約2千に対し、12年からの産後メールは約5千と倍以上になる。子どもの成長に合わせ気をつけなければならない症状を知らせたり、母乳の出の悩みに答えたりするなどの内容が「タイムリーに届く」とメールを待ち遠しく思う読者は多い。代表理事の大島由起雄さんは「産後のほうがより情報が切実に求められている」と話す。
きずなメールは、産前・産後の女性と直に接する産科病院や、東京都文京区や相模原市など自治体のサービスとして提供している。医療・健康情報をベースとしながら、病院や自治体が独自に発信したい健診やイベントなどの情報も加えて配信。今後は新たに「イクメン」男性へのメール配信も企画中だ。歯止めがかからない少子化対策の一環として、こうした「産前・産後ケア」の充実がさらに求められそうだ。
相談・宿泊環境の整備 モデル事業、政府も支援
妊娠中や出産後の女性への産前・産後サポートに対する行政の動きは遅れている。
厚生労働省研究班の2012年度の調査では、産後に女性の育児を手助けするヘルパーを派遣している自治体は回答した786市町村のうち100(13%)、施設で女性の休養のための宿泊を受け入れているのは16(2%)と少ない。
保健所を設けている政令指定都市など規模の大きな自治体に偏る傾向がある。医療法人社団レニア会の武谷典子副理事長は「産前・産後ケアは需要に対して供給が足りていない。病院が独自にニーズを拾って自治体につなぐケースも多い」と指摘する。
こうした中、政府の少子化対策の作業部会は昨年6月、女性がより相談しやすい環境を地域に整えたり、宿泊も可能な拠点を作ることなどを提言。政府の成長戦略にも、産後ケアの強化を盛り込んだ。
これを受け、厚労省は14年度、産前・産後サポートに取り組む市町村への補助に乗り出す。支援を必要とする女性に対し、助産師や保健師がサービスを仲介。子育て経験の豊富なシニア世代らが女性の話し相手となったり、宿泊拠点作りを展開。まずモデル的に40市町村から始め、数年、実績を積んだ上で全国に広げる方針だ。
(高畑公彦、武田敏英)
[日本経済新聞夕刊2014年2月13日付]
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