ペテロの葬列 宮部みゆき著伝染する悪が映す日本の歪み

2014/2/10付

ときに人は嘘をつく。

(集英社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 遅刻の言い訳ならば可愛(かわい)いものだが、その嘘で大金を騙しとるとなれば重大な犯罪行為だ。

 『ペテロの葬列』は、全編にわたり、「嘘は罪」をめぐる現代ミステリーである。

 あるグループ企業の広報室に勤める杉村三郎は、取材の帰りに乗りこんだバスで、思わぬ凶悪犯罪に巻き込まれた。拳銃を持った老人がバスジャックをしたのだ。

 事件はわずか3時間で解決したものの、あとに大きな謎が残った。老人は何者か。いったい何のために騒ぎを起こしたのか。やがて、かつて世間を騒がせた集団詐欺事件との関係が浮かび上がる。

 その後、杉村を含む、バスジャック事件で人質となった者たちは、集まって相談したり、連絡を取りあったりするようになった。すると新たな問題が巻き起こっていった。

 生きていくには金がいる。そして、もうけ話に弱いのが人の常だ。嘘さえつけば簡単に大金が入るとなれば、その味をしめた者は、ますます巧妙な嘘を口にし、騙(だま)しのスキルを磨いていくだろう。一方、そうした詐欺の被害者が、なんらかの形で加害者へと転じる例も少なくない。本作のテーマは「悪は伝染する」というもの。嘘がより多くの嘘と新たな悪を生み出していくのである。

 本作は、『誰か』『名もなき毒』につづく、杉村三郎シリーズの3作目。いずれも語られているのは、重大犯罪をめぐる探偵小説としての面白さのみならず、主人公とその家族や職場の人々の細やかな日常だ。そんな集団の中で生まれた悪意やトラブルが増幅し、周囲を巻き込む姿もまた、もうひとつのサスペンスとして展開していく。そこに今の日本の歪(ゆが)みが如実に映し出されているのだ。

 この物語を読んでいると、単なる事件の傍観者ではすまされない思いがしてくる。自分が主人公と同じ立場だったらどうするか、つきつけられているようだ。なにより、わが身可愛さのあまりに嘘をついたり、自分の嘘に気がつかなかったりする浅ましさが描かれていて身につまされる。深い読みごたえを持つ一作だ。

(文芸評論家 吉野仁)

[日本経済新聞朝刊2014年2月9日付]

ペテロの葬列

著者:宮部 みゆき
出版:集英社
価格:1,890円(税込み)