ニシノユキヒコの恋と冒険
親密な時空の温かな持続
「犬猫」(2004年)「人のセックスを笑うな」(08年)の井口奈己監督の待望の新作。川上弘美の小説を原作に、井口自身が脚本をかき編集も手がけた。
前2作でも見る者を魅了した井口演出の特長――長まわしで見つめられる、少人数(二人であることが多い)の人間がかたちづくる親密な時間と空間の、あたたかい持続は、この恋愛がテーマの映画で、もちろん十分に発揮される。
ある意味、恋愛の天才ともいえるニシノユキヒコ(竹野内豊)は、出会う女性からたちまちに好かれ、自然に関係をむすぶ。
会社の上司マナミ(尾野真千子)とは残業中の社内でイチャつき、彼女とつきあうようになっても、元カノのカノコ(本田翼)と温泉に行き、セックスはなしだがイチャつく。
猫がとりもつ縁で、アパートの隣室のレズビアン・カップルの昴(すばる)(成海璃子)と親密になり、その相手のタマ(木村文乃)に嫉妬されるが、やがて……。
さながら男女のイチャイチャの研究といった趣きのある、映画後半のこれらの描写は見ごたえがある。
ニシノは、モテモテであるが、カザノヴァのような性豪の感じはない。女性の視点からかたられる彼の存在は、男の子におけるドラえもんやE.T.のような異能の同伴者を思わせる。あらゆる年代の女子の、恋愛の夢のおともだち。
「恋愛の天才」には愛の完成形はなく、ハッピー・エンドもない。
映画のはじめのほうで彼は死に、かつてつきあっていた夏美(麻生久美子)の娘で15歳のみなみ(中村ゆりか)にだけ見える幽霊としてあらわれる。だから、過去の彼もどこかはかなく見えるのかも知れない。
ただ、この幽霊譚の枠組みは、うまく機能しているとは言いがたい。それぞれの恋愛エピソードのリアリズムに監督の本領がある。2時間2分。
★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2014年2月7日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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