皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上・下) 塩野七生著中世世界の仕組みと魅力伝える

2014/2/5

先頃(ごろ)、E・カントーロヴィチ『皇帝フリードリヒ二世』が原著出版から八十数年を経て邦訳(中央公論新社)され中世史研究者を悦(よろこ)ばせたが、本書刊行は、読者層が広いだけに何倍もの悦びである。

(新潮社・各2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 おそらく一般には馴染(なじ)みの薄いこの13世紀の皇帝フリードリッヒ二世は、ノルマン・シチリア王国国王ルッジェロ二世の娘コスタンツァと神聖ローマ皇帝ハインリッヒ六世との間に生まれた。シチリアで育った彼は、ドイツ人というより地中海人であり、ドイツ諸侯、コムーネ(自治都市)や教皇と渡り合いながら中央集権的法治国家を築き、スルタンと交渉して無血十字軍を成功させ、ヨーロッパ初の国立大学ナポリ大学を創設し、さらにはカステル・デル・モンテを建て「鷹(たか)狩りの書」をものした「世界の驚異」である。

 本書では、想像力の飛躍は抑えられ、史実に忠実にフリードリッヒの生涯と事蹟(じせき)をたどっている。それでも、作家ならではの一貫した物語構成と描写の巧みさにより、一気に読ませる筆力はさすがである。「笑ってしまう」との表現が頻出することからも窺(うかが)えるように、じつに楽しげに書いているのが印象的だ。フリードリッヒの人柄と偉才の描写はもちろんのこと、彼を支える腹心たちについての記述も素晴らしい。長年にわたって書き継がれてきた塩野歴史小説の、まさに到達点というにふさわしい出来栄えである。なにより、ヨーロッパ中世の人物と社会・国制・都市・聖俗関係を、こんなにも分かり易く書けるのかと、いたく感心させられた。

 ただ本書にかぎらず、塩野氏自身にルネサンス人が乗り移っているのではないか、と思うことがときどきある。「暗黒の中世」に、明るい、人間性豊かで自由な個人の能力を開花させた、孤立した傑物(フリードリッヒ二世、聖フランチェスコ、そしてダンテも)を見出(みいだ)し、それを「ルネサンスの先駆者」として暗がりから救出する、随所に顔を見せるこうした考え方は、一般への影響力が甚大なだけに困りものだ。だが本書は、全体としては、暗いも明るいもない、中世世界独自の仕組みと魅力とを十二分に示していると思う。

(東京大学教授 池上俊一)

[日本経済新聞朝刊2014年2月2日付]

皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上

著者:塩野 七生
出版:新潮社
価格:2,520円(税込み)

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