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草原の食、心技体鍛える 横綱白鵬翔さん 食の履歴書

2014/1/11 日本経済新聞 プラスワン

強さの原点はモンゴルの大草原にあった。今でもよく思い出すのは小学生の夏休み。毎年1カ月を伯父の牧場で過ごした。ゲルと呼ぶ移動式の住居で目を覚まし、井戸で水をくむ。馬に乗って羊の世話をし、夕暮れ時にはオオカミの襲来に目を光らせた。すべては自然のなかにあった。

「ヌチャッとした食感が苦手」と、あんこは横綱になった今でも強敵だ=写真 編集委員 井上昭義 (はくほう・しょう) 第69代横綱。1985年モンゴル・ウランバートル市生まれ。2001年3月場所で初土俵。07年横綱昇進、10年に歴代2位の63連勝を達成。家族は妻と1男2女。192センチ158キロ。好きな歌は「涙そうそう」。

腹が減れば狩りに出かけた。一番の獲物はプレーリードッグ。熱した石で、こんがり焼いて食べた。リスに似た小動物も草原では大切なタンパク源。「鶏の手羽先に似た味がしてね。大好物だった」

祝いの日には羊の丸焼きを頬張り、馬の乳を発酵させた馬乳酒を飲んだ。草原の食で腹を満たし、馬で駆け巡った日々は、しなやかな足腰の原型を作った。「あの経験がなかったら横綱にはなれなかった」。遠い目をして振り返る。

夏が終わると首都ウランバートルに帰った。父はメキシコ五輪でレスリング銀メダルを獲得した英雄。家庭は裕福だった。5人兄弟の末っ子は家では甘えん坊の顔に戻る。

外科医の母は忙しい合間を縫って手早く肉ワンタンを用意し、夜になると父と一緒に川の字を作って寝てくれた。2LDKのマンションは家族の愛に包まれていた。

古い記憶に残っている日本の食べ物は「今思うと『うまい棒』だったのかな」。約20年前、当時の二子山親方がテレビ撮影で父を訪れたときに渡してくれた。竹輪のような形のスナック菓子だった。

15歳になると、力士を目指して日本に渡った。当時は身長175センチで体重68キロ。モヤシのようだといわれた少年が、150キロを超す肉体をつくり上げるまでは、まさに食との格闘であった。

始めは慣れない日本食に苦労の連続。特に、モンゴルにはいない海の魚は難敵だった。入門直後、親方にすし店に連れて行ってもらったとき、何も知らずに最初に頼んだのはコハダ。親方は「通だねぇ」と喜んだが、口に近づけた瞬間、強い酢の香りが鼻に抜け、食べられなかった。

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