麦子さんと
母娘の愛憎、繊細に描く
人間の表情は不思議だ。悲しいときにへらへらと笑ったり、うれしい思いをぼそぼそとしか伝えられなかったり。感情はいつも一様でない。複雑なのだ。
「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」の吉田恵輔監督は、そんな複雑で繊細な感情をすくいとる名手だ。母と娘の微妙な愛憎が入り交じる新作「麦子さんと」も例外でない。
麦子(堀北真希)は兄の憲男(松田龍平)と東京で2人暮らし。父を3年前に亡くし、幼いころ離婚して家を出た母の記憶はない。アルバイトをしながら、声優を目指している。そこに突然、母だという年増の女が現れる。生活が苦しいからと家に転がり込む。
母・彩子(余貴美子)の厚かましさとガサツさを、麦子は許せない。部屋の本を捨てたり、郵便物を無断で開けたり。自分たちを捨てたくせに、母親づらして干渉しないでほしい。
そんな母が死ぬ。末期がんだった。麦子は納骨のため、母の故郷を訪ねる。
田舎町では誰もが麦子を見て驚く。十代のころの彩子にそっくりだからだ。彩子はアイドル歌手を目指し、独り東京に出たという。
タクシー運転手の井本(温水洋一)や霊園に勤めるミチル(麻生祐未)ら親切な町の人の話から、みなに愛された若き日の母の姿が浮かぶ。でも麦子のわだかまりは消えない。そんな母が、なぜ私を捨てた?
複雑に揺れる麦子の感情を、手持ちカメラが鮮やかにとらえる。母の作ったおいしい混ぜご飯を独り食べるとき、母の親友だったミチルの案内で町を歩きながら昔話を聞くとき、旅館の青年と訪れた夏祭りの夜に不意に母の面影を感じたとき……。映画でしか描き得ない至福の瞬間がある。
母と娘の愛憎が繊細に描き出される。その自然なタッチで、吉田は普遍的な親子の情愛に迫る。「赤いスイートピー」に涙がでた。1時間35分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2013年12月27日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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