インフェルノ(上・下) ダン・ブラウン著スケールの大きな知的冒険小説

2013/12/17

『天使と悪魔』『ダ・ヴィンチ・コード』で世界的なベストセラーを記録したダン・ブラウンの待望の新作である。今回もまたハーヴァード大学のラングドン教授を主人公にしたスケールの大きなスリラーだ。

(越前敏弥訳、KADOKAWA・各1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ラングドンが目を覚ますと、そこは病院だった。場所はイタリア中部の都市フィレンツェ。何故イタリアにいるのか。彼は二日間の記憶を失っていた。やがて、病院に武装した襲撃者があらわれ、女性医師の手引きでなんとか病院を脱出する。

 ポケットには高性能のバイオチューブがあり、プロジェクターが埋め込まれていた。壁に映し出すとダンテ『神曲』の地獄篇(へん)へのオマージュとして捧(ささ)げられた有名な絵が表れる。だが、そこには原画にはない暗号のようなものが描き込まれていた。

 こうしてラングドンは逃走しながら探索を続けていく。『神曲』の叙事詩やボッティチェルリ作の「地獄の見取り図」に導かれながら、歴史的な建築や美術、文化のシンボルが何を表しているのかを細かく探っていくのだが、そこはさすがにダン・ブラウンである。しかもそこに現代的な人口過剰問題や遺伝子工学などを交えて展開させるから驚く。まさに蘊蓄(うんちく)ミステリーの面目躍如で、上下巻、一気に読ませる面白さである。とくに中盤から足元が掬(すく)われるような展開になり、終盤にかけてのアクションが加速する辺りもいい。

 とはいえ、小説として見ればやや粗い。キャラクターは役割の域を出ないからである。ただ、この役割的人物と善悪の構図から、僕は「007」のスパイ映画を思い出した。世界の崩壊を招く大きな陰謀を企てている組織があり、そこにラングドンが挑んでいき、ゲーム的展開が繰り広げられるからである。ジェイムス・ボンドは拳銃と鍛練(たんれん)された肉体で挑んだが、ラングドンは美術学と宗教図像解釈学の知識で敵に挑む。地球的規模のとてつもない危機にリアリティを感じるかどうかで判断が分かれるだろうが、世界的なベストセラーを記録するのは、この007的な大風呂敷が効いているからかもしれない。荒唐無稽と紙一重の知的冒険小説、味わってみるのも悪くはない。

(文芸評論家 池上冬樹)

[日本経済新聞朝刊2013年12月15日付]

インフェルノ (上) (海外文学)

著者:ダン・ブラウン
出版:角川書店
価格:1,890円(税込み)

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