戦争という見世物 木下直之著日清戦争時の日本人の姿を活写

2013/12/10

中国が日本領土を含む東シナ海の上空に防空識別圏を設定し、一部メディアでは今にも軍事衝突が起きるかのような騒ぎである。時あたかも国会では、2010年9月に尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件の映像流出に端を発する特定秘密保護法案が焦点となった。

 本書の元になった雑誌「究」の連載「ある日の日清戦争 東京市祝捷(しゅくしょう)大会参加レポート」に私が注目したのは1年前のことだ。当時、週刊誌では「尖閣沖海戦」シミュレーションが花盛りだった。たとえば、「尖閣を制圧するのはどっちだ」(「週刊朝日」12年10月5日号)、「自衛隊のほうが中国海軍より強い」(「週刊現代」同10月27日号)であり、連載の設定が妙にリアルに感じられたものだ。

 本書は美術史家である著者が1894年12月9日に上野公園で開催された日清戦争祝捷大会にタイムトラベルしてまとめた「実況」レポートである。日清戦争は同年7月25日の豊島沖海戦で火ぶたが切られ、9月の平壌攻略と黄海海戦、10月の鴨緑江渡河、11月の旅順攻略と日本軍の連戦連勝が続いていた。その高揚感の中で開催された東京市の祝捷イベントは、まさしく近代日本の大衆的ナショナリズムに枠組みを与えたといえる。

 著者はこのイベントの報告書や写真帖(ちょう)、さらには当時の新聞、雑誌の記事を駆使して119年前の日本人の姿を明治東京の街並みとともに活写している。川上音二郎一座の戦争劇への歓声から、押しかけた大衆の「放尿泉の如し」の悪臭まで五感に訴えるエピソードも満載だが、何と言っても極めつきは不忍池での「黄海擬戦」だろう。清国艦「定遠」「致遠」の巨大張りぼてが焼撃され、大歓声の中で花火が打ち上げられた。

 日清戦争は近代日本が初めて経験した本格的な対外戦争だが、いまこそ私たちは中国蔑視の大衆感情を育んだその文化史的側面に改めて目を向けるべきなのだろう。現代中国が目ざしているのが「大清帝国」の版図回復であるとすれば、なおさらである。このタイムトラベルは「現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」(E・H・カー『歴史とは何か』)の見事な実践といえるだろう。

(京都大学准教授 佐藤卓己)

[日本経済新聞朝刊2013年12月8日付]

戦争という見世物: 日清戦争祝捷大会潜入記 (叢書・知を究める)

著者:木下 直之
出版:ミネルヴァ書房
価格:2,940円(税込み)

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