藤沢周平伝 笹沢信著故郷からみた作家の生涯

2013/10/22

死後十数年を経ても、藤沢周平の人気に衰えは見えない。膨大な作品は新刊書店で購入することが可能であり、現在もファンを増やし続けているのだ。そのような作家だけに、娘の遠藤展子が上梓(じょうし)した『藤沢周平 父の周辺』『父・藤沢周平との暮し』を始め、藤沢周平に関する著書も多い。そこに藤沢周平の生涯を、まるごと描いた、新たな一冊が加わることになった。

(白水社・3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書の特色は、作者の立ち位置にある。周知の事実であるが、現在の山形県鶴岡市に生まれた藤沢周平は、東京で暮らすようになってからも、終生、故郷を愛し続けた。一連の作品の舞台になった架空の藩「海坂藩」は、藤沢周平の故郷の風景をモデルにしている。本書の作者は、その山形にある「山形新聞」の記者として、昭和40年から平成10年まで在籍し、主に文化欄を担当。藤沢周平にも、たびたび原稿を依頼していたのだ。故郷への想いを託した作品を、多数残した作家を描き出すには、まさに適役といっていいのである。

 とはいえ本書の構成はオーソドックスだ。山形の農家に生まれてから、69歳で死去するまで、藤沢周平の生涯が、時間軸に沿って綴(つづ)られている。また、藤沢作品のテーマを“死と再生”と定義して、作風の変遷を丹念に見つめているのだ。その中から藤沢周平が、いかに故郷にこだわり続けていたかを、浮かび上がらせていく。常に故郷の方を向いていた作家の姿を、故郷の地から見つめ返したところに、本書独自の面白さがあるのだ。

 さらに、あとがきで、「活字になっている資料だけを使い、読者が追体験できる方法をとった」とあるように、藤沢周平と作品について書かれた文章を博捜し、積極的に使用しているのも、注目ポイントであろう。複数の視点を得ることで、客観性を確保しようとするのは、いかにもジャーナリストらしい手法だ。藤沢周平に関係する自身の見聞も、きわめて冷静に扱っている。以上の2点から本書は、山形在住の元新聞記者だからこそ書けた、藤沢周平の伝記になっているのだ。

(文芸評論家 細谷正充)

[日本経済新聞朝刊2013年10月20日付]

藤沢周平伝

著者:笹沢 信
出版:白水社
価格:3,150円(税込み)

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