Sの継承 堂場瞬一著不気味なテロ犯罪を描く小説

2013/10/21

いまの日本で大規模なクーデター事件が発生するとはおよそ考えづらい。

(中央公論新社・1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 だが戦後、三無事件、三島事件などの未遂事件が起きている。もしくは連続企業爆破事件や地下鉄サリン事件などの大きなテロ事件があった。国のあり方に批判的なグループが、なんらかの犯行を企てる可能性はつねにある。

 『Sの継承』の第一部は、東京オリンピック開催の前年に計画された、あるクーデター事件をめぐり展開していく。日本中が騒然とした60年安保闘争を経てまもない頃、群馬県の前橋で、財界の大物とつながった青年が、ひそかに毒ガス開発を行っていたのだ。

 そして第二部、2013年の東京で大事件が発生する。Sと名乗る毒ガス犯が国会議事堂裏で車に立てこもり、議員総辞職を要求した。前代未聞のテロ犯罪だ。

 警察小説シリーズで人気の作者だが、本作でも序章および第二部では毒ガス犯を追う警視庁捜査一課特殊班警部補・峰脇の視点で展開していく。描かれているのは、どこか行き当たりばったりで詰めの甘い犯行とその捜査の一部始終である。

 本作では、ネットの掲示板における犯人の書き込みと事件の行方を無責任に面白がる世間の反応などが書きこまれており、生々しい。もっとも50年前のクーデター未遂が直情径行型ながら憂国の志による思想的犯行だとしたら、現代の事件は、いわゆる劇場型であるとともに、なにか未熟で自分勝手な犯罪としか思えない。では、両者をつなぐ「S」とはなにか。

 選挙で政権が交代しても、格差の一方の側に取り残され、生活が苦しいままの国民はいる。民意がどこにも反映されていないと感じ、政治への不信をつのらせていく。明らかなクーデターではなくとも、想定外の大事件が起こる可能性は、ゼロではない。いつの時代でも政治不信という火種はくすぶっている。

 作中、警察と対峙した犯人Sは、「俺が死んでも後に続く人間はいる」と語っていた。奇(く)しくも2020年東京オリンピック開催が決定した年に発表された本作は、不気味な政治犯罪小説として記憶に残るだろう。

(文芸評論家 吉野仁)

[日本経済新聞朝刊2013年10月20日付]

Sの継承

著者:堂場 瞬一
出版:中央公論新社
価格:1,995円(税込み)