情報覇権と帝国日本(1・2) 有山輝雄著「通信自主権」をめぐる挑戦の軌跡

2013/9/30

黒船来航から敗戦まで、近代日本が戦った情報通信「百年戦争」の決定版通史である。電信、電話、新聞、通信社、放送局など、あらゆる国際コミュニケーションを包括するメディア戦史として日本人が読み継ぐべき大著の完成を喜びたい。

(吉川弘文館・各4700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 対外情報システムの上で江戸時代は「鎖国」ではなかった。それは自ら発信することなく、必要な情報だけを一方的に受信するシステムである。そこにペリー艦隊が持ち込んだ電信機こそ、近代日本が投げ込まれた情報帝国主義の象徴だった。

 19世紀後半、イギリスは海底ケーブル網と「ニュースの商人」ロイター通信社によって情報覇権を確立していた。開国後、大北(グレート・ノーザン)電信会社の海底電線で世界と結ばれた日本は、情報の出入りをイギリスに握られていた。たとえば、1905年、日露戦争の講和会議がアメリカ東海岸のポーツマスで開催されたが、講和成立の第一報が東京に届くまでの径路である。その電信は太平洋を越えたのではない。大西洋横断ケーブルでイギリスへ、さらに南回りで上海から長崎に中継され、ようやく東京に到達した。また、三大通信社の世界分割協定により極東地域のニュース配信はロイターが独占しており、日本の新聞の外電もすべてイギリスの影響下にあった。

 この情報覇権を打破し、「通信自主権」を回復することが近代日本の目標となった。その挑戦の軌跡が日清戦争から第2次世界大戦まで、綿密な史料分析から描きだされている。

 アメリカの台頭と無線通信の実用化が決定的になった第1次世界大戦は、日本の通信主権回復闘争にとっても画期だった。しかし、日本が採用した戦略は、自らの情報覇権を中国などに押しつける「東アジア情報覇権」の追求である。満州事変の「情報戦」は国策通信社・同盟通信社を生みだすが、その挑戦は中国のナショナリズムとアメリカの情報自由主義によって手痛い敗北を喫した。

 それから68年、果たして情報戦争は終焉(しゅうえん)したのか。グローバル化の今日、戦いはますます熾烈である。「クールジャパン」を語るなら、まず読むべきは本書だろう。

(京都大学准教授 佐藤卓己)

[日本経済新聞朝刊2013年9月29日付]

情報覇権と帝国日本I: 海底ケーブルと通信社の誕生

著者:有山 輝雄
出版:吉川弘文館
価格:4,935円(税込み)

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