国立劇場「伊賀越道中双六」玉女の動きが人形を生き物に

吉田玉女の政右衛門(竹藪の段)

設定は不自然でも、江戸時代の演劇は人間の悲嘆や情愛が途方もなく深い。愛妻を捨て、子を殺してまで敵を討つ。そんな苛烈(かれつ)な生き方を描く18世紀のこの作はまさにそう。浄瑠璃がとらえる敵討ちは、復讐(ふくしゅう)ではなく魂の浄化なのだと胸の深奥に伝えてくる。15年ぶりの通し上演。

実際にあった伊賀越の敵討ちが題材。義弟を助太刀した荒木又右衛門が政右衛門に、時代は室町に変わる。政右衛門をつかう玉女が長編に強靱(きょうじん)な糸をはって、支えきる。

第一部(昼)は遺恨の発端から、単独上演の多い「沼津」まで。敵討ちに加わるため女房を離縁する政右衛門の胆力が人形に宿り、咲大夫が人間の輪郭を彫り上げる。女房を「飽きました」と素っ気なく扱う呼吸に愛敬が出て、涙まじりの酔態が迫真となる。

伏筋の白眉(はくび)といえる「沼津」では、千本松原の段の住大夫が万雷の拍手を受ける。息子と再会できた喜びもつかのま、敵方の行方を探るため命を絶つ。息が切れ、なむあみだと唱える末期のしじまが今回は淡々と運ばれて、静かな余韻を深める。至芸というほかないだろう。前段に呂勢大夫。老父の勘十郎がきめ細かく、その娘をつかう簑助の艶(つや)がしなやかだ。

千本松原の段で平作をつかう勘十郎(左)と十兵衛の吉田和生
千本松原の段で健在ぶりを示した竹本住大夫(左)。三味線は野沢錦糸。