無理な開発 曲がり角
章司はデータを調べて驚いた。温泉のある旅館や入浴施設は全国で毎年300前後のペースで増えていたが、2005~07年ごろから減少傾向に転じていたのだ。
環境省を訪ねると自然環境局の担当者が「温泉法の改正が影響しているかもしれません」と説明した。最近できた温泉の多くは、火山地帯でマグマに温められた地下水が湧き出す「自噴式」ではなく、地面に深い穴を掘ってくみ出す「ポンプ式」。掘削工事のコストが下がり急増した。
温泉法の定義では、くみ上げたお湯の温度が25度以上か、指定成分を規定量以上含んでいれば「温泉」だ。地中を100メートル掘り進むごとに地熱は約3度ずつ上がるので、都心部でも地下水がある場所を深く掘れば「温泉」が出る可能性がある。
ところが07年6月、東京都渋谷区の温泉施設で、お湯とともに地下から出てくる天然ガスによる爆発死亡事故が発生。温泉を掘る際には隣の敷地から8メートル以上離さなければならないなど温泉法に新たな規制ができた。「広い敷地がない都市部では掘りにくくなったのです」という。
「温泉施設が増えない理由は分かったけど、どうして減ってきたのだろう」。章司は中央温泉研究所(東京都豊島区)の専務理事、甘露寺泰雄さんに話を聞いた。「原因の1つは景気悪化です」。08年に起きた米リーマン・ショック後、経営が苦境にあった古い温泉旅館がつぶれた。「最近は日帰り温泉施設の利用も頭打ちです」という。
さらに「温泉地自身にも問題がありました」と甘露寺さんは指摘する。温泉ブームに乗って開発を急ぎ過ぎた反動もあるという。04年には白骨温泉(長野県)で入浴剤を入れてお湯に色を付けていた問題が発覚したのをきっかけに、全国で水道水を温泉と偽るなどの不正が明らかになり、不信が高まった。翌年、施設数は17年ぶりに減っている。