ヒゲの日本近現代史 阿部恒久著身なりが映す社会の変化

2013/8/27

ヒゲは現職国会議員では自衛官出身の「ヒゲの隊長」の佐藤正久氏、戦後の首相だと半世紀以上前の幣原喜重郎、片山哲、芦田均、鳩山一郎、石橋湛山の5氏くらいだ。田中角栄、三木武夫の両氏はヒゲ付きの顔写真も残っている。田中氏は愛娘の田中眞紀子さんが「切っちゃ、いや」と反対したので、という話が本書に出てくる。

(講談社現代新書・760円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 近現代日本の政治史・地域史・女性史が専門の著者は「ヒゲを通して日本の男性の歴史に光を」という狙いで本書を著した。モチーフは2001年の同時多発テロの首謀者の豊富なヒゲの顔写真だった。「ヒゲはイスラム原理主義の記号」と指摘する(「はじめに」)。ヒゲは男性だけで、生やすかどうかは当人の意思だから、おしゃれにしろ自己主張にしろ、自身の存在と帰属を示す「記号」である。

 本書によれば、平安時代は僧侶以外はヒゲが普通で、戦国時代まで武士は蓄え続けたが、江戸時代は幕府の「大ひげ禁令」で「ヒゲ無し」だった。明治に入って大流行するが、大正デモクラシーの時期に「ヒゲ無し」が広がり、戦時体制で復活した。戦後はサラリーマン社会の拡大で「ヒゲ無し」が一般的となったという。「ヒゲ無し」は安定・秩序・平和、「ヒゲ有り」は激動・混乱・戦争の時代というイメージだが、それなりに根拠がありそうだ。

 歴史や社会の実相と本質、見えない変化を探るとき、世の中の構造や制度、政治・経済、指導者像といった物差しだけでなく、人々の身形(みなり)や風貌を手がかりにするのは、ときには効果的である。

 ヒゲをめぐる状況が変化する要因は「(1)権力側の働きかけ、(2)欧米を中心としたヒゲのあり方=外国文化の影響、(3)女性の目線、(4)カミソリなどの器具の発達」の4点と著者は見る(第七章)。主観を極力抑え、豊富なデータによって「ヒゲと日本人」の虚実を多角的、客観的に解明している。

 いま「ヒゲ政治家」が極端に少ないのはなぜか。ヒゲに冷淡な社会がまだまだ健在で、選挙に不利と計算するのだろう。軍国主義時代のようにヒゲが幅を利かせる世の中は真っ平だが、ヒゲを異端視する窮屈な社会も御免(ごめん)被りたい。

(ノンフィクション作家 塩田潮)

[日本経済新聞朝刊2013年8月25日付]

ヒゲの日本近現代史 (講談社現代新書)

著者:阿部 恒久
出版:講談社
価格:798円(税込み)


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