五年前の忘れ物 益田ミリ著余韻、あとからじわじわ

2013/8/1
(講談社・1300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

益田ミリの小説はあとから効いてくる。じわじわと効いてくる。本書は10編を収録した作品集だが、この中のどれか1編がびっくりするほど鮮やかというわけではない。人生の断片を切り取ったスケッチとしてそれぞれにうまいけれど、それが驚くほど強烈な印象を残すわけではない。

 たとえば、「デニッシュ」という短編がある。パン屋のレジ係としてパートで働く主婦を描くものだ。そこに若い職人の柳田くんがやってくる。昼間は2人きりなのでそのうち雑談を交わすようになる。ただ、それだけの短編だ。

 いや、正確に書くならば、それだけ、ではない。その柳田くんが主婦にいろいろプレゼントを持ってくるようになること。それがチョコやクッキーならいいが、生きたメダカだったりもするから問題だ。で、マンション下の歩道に立っているのを見た夜を最後に、柳田くんは姿を消す。

 その彼と4カ月ぶりに再会するのがこの短編の始まりで、そこから回想に入っていく構成になっている。なかなか余韻たっぷりの短編で、うまいと思うけれど、あとのほうがもっと効く。なんだか忘れがたいのである。

★★★★

(文芸評論家 北上次郎)

[日本経済新聞夕刊2013年7月31日付]

★★★★★ これを読まなくては損をする
★★★★☆ 読みごたえたっぷり、お薦め
★★★☆☆ 読みごたえあり
★★☆☆☆ 価格の価値はあり
★☆☆☆☆ 話題作だが、ピンとこなかった

五年前の忘れ物

著者:益田 ミリ
出版:講談社
価格:1,365円(税込み)

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