ドゥルーズの哲学原理 國分功一郎著思想の形成過程を解き明かす

2013/7/31

ドゥルーズは扱うのが難しい思想家である。著者も「はじめに」で述べているように、「政治的ドゥルーズ」か「非政治的ドゥルーズ」かで研究者の間に対立があるからだけではない。ドゥルーズと言えば「ドゥルーズ=ガタリ」とひとくくりで語られるフェリックス・ガタリとの関係をいかに評価するかでも見解が分かれるからだ。

(岩波書店・2100円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 たとえばF・ドス(『ドゥルーズとガタリ 交差的評伝』)は、ガタリの名前を排除しようという傾向を批判し、ドゥルーズにとってのガタリの重要性を強調している。本書は、ドゥルーズをめぐるこの困難な状況に徹底的に向き合って、ドゥルーズの思想形成過程をすっきりと解明してくれた。

 さて、本書の傑出しているポイントは、前半部分の哲学者としての仕事の整理と後半のガタリとの協働作業、「フーコー権力論」への批判とが見事につながっているところである。簡単に著者の議論を整理してみることにしよう。

 ドゥルーズは、カントを経てヒュームを読み解き「発生」の観点を得て、超越論的経験論の立場を得た。そこから彼が向かったのは超越論的主体の発生を問う精神分析のフロイトだった。そして人の思考(実践)は「強制」や「暴力」との「偶然の出会い」によって生み出されるのだとする非主意主義的哲学に達したのだが、そこで大きな限界を感じた。

 ガタリとの出会いは「二人で書く」という実践を生み出した。フロイトの原抑圧(去勢)を否定し、反復こそが抑圧を生むとするドゥルーズと、ラカン派的構造の概念から離脱しようともがくガタリの協働作業が『アンチ・オイディプス』であったのである。二人は、「なぜ人々はみずから進んで従属を求めるのか」という問いかけ、すなわち社会的な抑圧の問題へと進まざるを得なかった。

 そして当然なことに、構造主義的な立場から離脱しつつあったフーコーの『監獄の誕生』は、ドゥルーズを刺激した。ドゥルーズによる「権力は欲望の一つの変状」だとする立場からの「フーコー批判」の解読は、非常に魅力的である。明晰(めいせき)で読みやすく画期的なドゥルーズ論の出現を喜びたい。

(東京経済大学教授 桜井哲夫)

[日本経済新聞朝刊2013年7月28日付]

ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

著者:國分 功一郎
出版:岩波書店
価格:2,205円(税込み)

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