ルイス・ブニュエル 四方田犬彦著豊かな映画世界の全体像描く

2013/7/31

ルイス・ブニュエルといえばシュルレアリスム(超現実主義)映画の巨匠。画家のダリと組んだ「アンダルシアの犬」が名高い。映画冒頭で女の目を真横に切開するシーンの衝撃! だが、ブニュエルはその後、約半世紀にわたって豊かな映画世界(計37作品)を作りあげてきた。その全体像がよく知られているとはいいがたい。

(作品社・4800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書は、日本で初めてブニュエルの全体像を巨細に描きだした700ページ近い書物である。著者がブニュエル論の執筆を思いたってからなんと30年。2009年に大病を患った著者は、手術が成功したらブニュエル論を完成させると願を立てた。その悲願の達成にふさわしい百科全書的知にあふれる記念碑のごとき大作だ。

 ブニュエルがシュルレアリストだとすれば、それは夢を映画の方法とし、狂気の愛を主題としたことによる。「アンダルシアの犬」はじめ、「黄金時代」「エル」、そして遺作「欲望の曖昧な対象」などがこの系譜に入る。

 だが、スペインからメキシコに渡り、そこで撮った傑作にはカトリック信仰との対決が大きな主題として浮上する。「ナサリン」の聖者は挫折を強いられ、「ビリディアナ」の聖女は受難に追いこまれる。これは単なるカトリック批判ではない。宇宙の多元性に目をつぶり、単一の原理で世界を説明しようとするすべての教義にブニュエルは否と答えるのだ。

 映画監督としての最後の10年、ブニュエルは活動拠点をフランスに移す。そして祖国のスペインとも、流謫(るたく)の地メキシコともひと味ちがう風土を舞台に、ブルジョワジーの演じる多彩なドラマを撮っていく。その名も「ブルジョワジーの秘(ひそ)かな愉(たの)しみ」、カトリーヌ・ドヌーヴの美の絶頂を記録した「昼顔」、前衛的な映画話法が堂々たる名人芸として結晶した「自由の幻想」など。

 それらの作品は荒唐無稽な幻想を映しだすように見えて、欲望のままに生きながら、恒常的な欲求不満に陥った現代人の滑稽にして残酷な鏡になっている。四方田犬彦の描くブニュエルは過去の巨匠ではなく、いまだ未知の、私たちの同時代人なのだ。

(学習院大学教授 中条省平)

[日本経済新聞朝刊2013年7月28日付]

ルイス・ブニュエル

著者:四方田 犬彦
出版:作品社
価格:5,040円(税込み)

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