「朝、目が覚めると、耳の奥で『ゴォー』という新幹線がトンネルの中を走る音が聞こえたんです」。名古屋市の女性会社員(29)は昨夏の体験をこう振り返った。
音楽を聴くと聞こえない音がある。仕事中に上司や取引先との会話が聞きづらいことがある……。「忙し過ぎて体調が悪くなったのかな」。最初はその程度の認識しかなく、放置していた。
5日目に受診。風邪などの際に起きる耳の内部の炎症との診断を受け、抗炎症剤を飲み続けたが、耳鳴りは治まらない。発症から10日目。2カ所目の総合病院の診断結果は「低音難聴」だった。
「治療開始が遅く、完治までに数カ月間はかかる」と医師から説明を受けた。処方薬を3カ月間、飲み続け、ようやく完治。発症前は毎日朝7時から夜11時まで働いており、「仕事のストレスに耳鳴りのストレスが重なり、さらに症状が悪化する負の連鎖だった」と振り返る。
千葉県柏市に住む主婦(32)も2人目の子供を出産しておよそ半年後、「低音難聴」を発症した。当時は赤ちゃんの夜泣きで十分に睡眠が取れず、疲労とストレスがたまっていた時期。夫の声やテレビの音が急に聞こえづらくなり、低音で大きな耳鳴りが鳴りやまなかった。「いつ再発するか」と不安を募らせる。
厚生労働省によると、耳鳴りに悩む人がここ最近、増加傾向をたどる。難聴患者は1993年から18年間でおよそ1.3倍の約1万7000人に上る。「正確な数は分からないが、低音難聴の症状も目立つ」と、慶応大学病院(東京・新宿)耳鼻咽喉科の小川郁教授は話す。同病院の耳鼻咽喉科外来でも約5年前から、耳鳴りに悩む患者が増加。「低音難聴」と診断するケースが多く、20~30代の女性患者が目立つという。
小川教授によると、「低音難聴」は耳の中のリンパ液が過剰に分泌。カタツムリの殻のような「蝸牛(かぎゅう)」という器官周囲のリンパ管が風船のように膨らみ、音波による振動が少なくなって低い音の感受性に異常をきたす。女性ホルモンや自律神経のバランスが乱れがちの若い女性が発症しやすい傾向にあるといい、小川教授は「現時点では精神的・肉体的ストレスが原因と推定される。女性を取り巻くストレス環境を考えれば、今後、さらに増えるだろう」とみている。
実際、「あさひ町榊原耳鼻咽喉科医院」(山形市)の榊原昭医師が日本耳鼻咽喉科学会で報告した調査によると、「低音難聴」患者100人のうち、女性が72人を占めた。年齢別では30代(26人)、20代(17人)が多かった。主な症状として「低い耳鳴り」「水の中にいるように音がこもる」などがあるという。