快楽 青山七恵著交錯する微細な視線のゆらぎ

2013/7/8

人のなかにはさまざまな欲望が隠れ潜んでいる。おおかたの欲望は日常にまぎれこみ、人は自分がどのような形の欲望を求めていたのか深く考えることなくある種の諦念とともに人生を終えていく。しかし、その「自己抑制」は案外賢明な選択かもしれない。なぜなら内部に潜む本当の欲望はその人の本質に迫るものであり、ともすれば人生を破滅に導きかねない危険な情熱を孕(はら)んでいるからだ。

(講談社・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書に登場するのはヴェニスでともに休暇を過ごそうとしている二組の夫婦。いまそのうちの一組の夫婦、榊慎司と耀子が、島に向かう船に乗り込むところから物語は始まる。

 慎司は妻の耀子を旅の同行者小谷夫妻の夫である徳史に抱かせるための計略を仕組んでいた。慎司は金はあるが自分が身体的に魅力のない男であることを熟知しており、美しく聡明(そうめい)な妻が、他の男に犯されるところを想像することに奇怪な喜びを感じる男である。

 一方の耀子は15年前、19歳だった自分を路上で犯した美しい青年との劇的な快楽を忘れられずにいる。希薄な結婚生活の中で思うのは「もう一度、あの男とあの快楽を」。それ以外の性交は彼女にとっては屑(くず)同然なのだ。その運命の男が、旅の同行者の徳史と気付いたときの彼女の驚愕(きょうがく)。一方、彼女との性交をなにひとつ覚えていない徳史は、妻の芙祐子が自分に向ける無邪気な愛にがんじがらめになっている。

 芙祐子は身体的な美を持つ徳史には似つかわしくない「コーギー犬のような」不格好な女である。

 旅の日々は時間を追うごとにこうした4人の身体的、感情的不均衡さを白日のもとにさらしていく。なまぬるい夏の運河の水のたゆたいが、4人の心に隠されていたうずくような官能をゆさぶる。

 さらに4人の間に絶え間なく交錯する視線のなんと複雑で甘美なことか。物語は微細な視線のゆらぎを「櫂(かい)」=推進力として、読者を船酔いのようなめまいへと誘う。彼らが互いの中の「欲望」と「快楽」を成就させた旅の終わり、待っているのは破滅か、それとも再び倦(う)むように続く日常なのか。青山七恵の到達した、「視線小説」の傑作である。

(作家 稲葉真弓)

[日本経済新聞朝刊2013年7月7日付]

快楽

著者:青山 七恵
出版:講談社
価格:1,575円(税込み)

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