よだかの片想い 島本理生著恋愛の闇を飛び越える力

2013/6/17

主人公は23歳の理系大学院生、前田アイコ。目立たない容姿だが、左目の下に青く大きなあざがある。本人はそこまで気にしていないのだが、あざに対する反応によってどうしても他人を許せなくなることがあり、怒りで自分が消耗してしまうため、思春期以降はなるべく決まった人とだけ交流、地味な生活を心がけている。しかしある日、あざと生きる彼女の半生が本に取り上げられて話題となり、ついには映画化まで決まってしまう。気が進まないまま若手映画監督、飛坂と面会したアイコだったが、自分の内面に違う光を当てるような飛坂の言動に感動。彼に対して初めての強い恋心を抱く。

(集英社・1300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 タイトルの「よだか」は顔にあざのあるアイコの人生を宮沢賢治の「よだかの星」と重ねたものだが、実はアイコはあまりよだかに似ていない。むしろ彼女は赤毛を気にしつつそれ以上に生に邁進(まいしん)する赤毛のアンに似ている。本来外交的なアンに似ているのに、諸事情からたまたま内向的になってしまっている。そんな彼女が恋をしたことで忘れていた自分本来の強さ、明るさを思い出し、より自分らしくなっていく。恋愛を通して語られる不器用だが着実な成長の物語が、まずは楽しい。

 興味深いのは、アイコの健全な成長の背後に、著者、島本らしい闇が描かれている点だ。後半、アイコは飛坂との間に関係を築くことに成功するが、その維持のためにある条件が必要であることに気づく。作中、よだかにアイコを重ねたのは飛坂なのだが、飛坂とつながり続けるためには、本来アン的な人間であるアイコが彼に憧れて自分を殺す、いわば、よだか的な人間にならなければならないことに気づくのである。

 自分が自分でないものにならないと成立しない関係は果たして本当に関係なのか。「赤毛のアン」の中に、実際の親友を得た後では想像上の親友といた頃には戻れないとアンが思う箇所があるが、実際に他人とかかわっていても、その関係が虚構である場合がある。そんな現代の関係性の闇を一方で正確に捉えつつ、それをひらりと飛び越える青春の力のまぶしさを描く。一皮むけた島本の筆が柑橘(かんきつ)系の香りを感じさせる、現実的かつ清涼感あふれる一冊だ。

(文芸評論家 田中弥生)

[日本経済新聞朝刊2013年6月16日付]

よだかの片想い

著者:島本 理生
出版:集英社
価格:1,365円(税込み)

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