都内の70代の女性Aさんが手のしびれに気づいたのは10年前。最初は朝晩のしびれだけだったが、やがて日中もしびれが取れず、物を触る感覚がなくなってきた。「箸やボールペンをよく落とすようになった」。最初は年を取ったせいだと考えたが、病院で手根管症候群と診断された。
一般に手の指にしびれが出る症状の原因には、脳の血管障害、頸椎(けいつい)の障害、糖尿病がある。しかしそれとは別に、小指以外にしびれがあるのならば手根管症候群が考えられる。
手根管症候群は手首にある手根管というトンネルに圧力がかかり、この中を通る正中神経が圧迫されて、手の指にしびれや痛みが症状として表れる。
主に夜中や朝方の寝起きに指がしびれる症状で、親指、人さし指、中指、薬指にしびれが出るのが他の障害によるしびれとの大きな違いだ。多くは両手の指にしびれが起きるという。
ただ、なぜこうした症状が起きるのかという原因はほとんど分かっていない。日本大学医学部整形外科の長岡正宏教授は「ほとんどが原因不明の特発性。分かっているのは年配の女性に多く、妊娠中の女性なども発症しやすい点だ」という。女性に多いので、ホルモンに関係するという意見もある。
主な症状が指のしびれだけなので、日常生活にそれほど支障はないと思えてしまう。単なる指のしびれとだけ考え、Aさんのように5年、10年と長期間症状を放置している人も増えている。潜在患者数はかなりの数に上るとみられている。
では指のしびれをそのままにしておくと、どういう影響が出るのか。
特発性と呼ばれる場合は、症状はそれほど悪化しないそうだ。しかし仕事や家事で手や指を激しく使ったり、手首を骨折したりすると症状が悪化しやすい。周辺に腫瘍ができたり、長期間の透析によりたんぱく質がたまったりするときも要注意だ。
重症になると「神経への圧迫が続き、手や指のしびれで目が覚める、鋭い痛みを感じる人もいる」(長岡教授)。そのまま放置していると、親指の付け根の筋肉が萎縮し、物をつかめなくなる。筋力もしびれも完全に回復させるのが難しくなるという。
虎の門病院の中道健一・リハビリテーション科医長も「年配の患者はしびれに慣れ、あまり強く症状を訴えない場合がある。老化と勘違いしている人も多い」と話す。実際、症状を自己判断するのは難しい。朝晩のしびれ以外は、人によって感じ方が違うので症状も様々だ。
手首を曲げる、手のひらをたたくといった判断方法もあるが「人によってしびれ具合が違う。今は機械を使って手首の筋肉を動かす信号の伝達速度を計測して客観的に判断する」(中道医長)のが確実な診断方法。まずは、専門の病院で診断を受けるのが大切だ。