クロユリ団地
生き残った者の罪悪感
「サバイバーズ・ギルト」という言葉がある。災害や事件、事故で周りの人を亡くした人が「自分だけ生きのびてよかったのか」と自責の念にさいなまれることだ。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の一つで、東日本大震災の被災者にもこの感情を抱く人は多い。
生き残った者が無意識に抱える罪悪感。「リング」「仄暗い水の底から」の中田秀夫監督の新作ホラー「クロユリ団地」の底流にはそんな感情が渦を巻く。
介護士をめざす明日香(前田敦子)が父、母、弟とともに古い団地に引っ越してくる。明日香はさっそく隣の住人にあいさつに行くが、無言でドアを閉められる。夜になるとその部屋から壁をひっかくような音が聴こえる。早朝には目覚まし時計が鳴り響き、いつまでも鳴りやまない。
団地の砂場で遊ぶ少年と仲良くなった明日香。少年(なぜか弟とそっくり)はその部屋に住む「おじいちゃん」によく遊んでもらっているという。隣人の安否が気になった明日香は、鍵が開いていた隣家に入り、老人の死体を発見する。
助けを求めていた老人を見殺しにしてしまったのではないかという罪悪感を抱く明日香は、死んだはずの老人の影におびえる。不安が募り、周囲から孤立する。そして団地に帰ると、両親と弟が消えていた……。
現実だと思っていたことが、登場人物の幻想にすぎなかった、という設定は映画にはよくある。虚実を重ね合わせ、人間の意識の深層に迫る手法は、中田の得意技でもある。恐ろしい出来事が次々と起きると共に、明日香の罪悪感がより深い罪悪感に根差すことが次第に明らかになる。
ヒロインの潜在意識に迫るための綿密な構成が、恐怖をリアルにする。それに加えて、描かれた潜在意識そのものが時代と共振していることが、中田ホラーの生々しさの源泉なのだろう。1時間46分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2013年5月17日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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