胃がんの原因となるピロリ菌の除菌治療を医師に相談する患者が増えている。2月には保険適用となる対象が胃炎にも広がり、内視鏡検査をして対象者が治療を受けている。大人になれば新たに感染することはほぼなく、一度きちんと治療すれば効果は大きい。ただ胃がんリスクは残るため、その後の検査が欠かせないので注意が必要だ。
50代のTさんはほかの病気の検査で内視鏡検査を受けると、胃の萎縮が見つかった。振り返ってみれば10年以上前、会社の健診で慢性胃炎を指摘されたがたいした病気ではないと放っていた。十二指腸潰瘍になった経験もあった。医師に相談して検査を受けるとピロリ菌が見つかり、除菌治療を受けた。今は定期的に内視鏡検査をしている。
■国内感染者3500万人
ピロリ菌は胃の中に住み着く細菌。正式には「ヘリコバクター・ピロリ」という。胃壁には粘膜があり、その上を粘液が覆っているが、ピロリ菌はその粘液の中に住み着く。胃液によって排除されない環境で長く住み着き、毒素を出して胃の粘膜を壊して炎症を起こす。これが慢性胃炎になり、胃がんにつながる。
国内の感染者は推定3500万人。このうち毎年0.5%が胃がんを発症するといわれる。胃がんは毎年5万人亡くなり、がんでは死亡者数で肺がんに次ぐ2位。ピロリ菌が原因とみられるのは95%以上とほとんどを占める。
感染者のほとんどは50歳以上。日本の上下水道の整備が不十分で衛生状態の悪いときにピロリ菌に感染した。新たに感染するのは5歳以下の乳幼児期。胃酸の分泌が低く、胃の粘膜が十分に発達していないためだ。親による食べ物の「口移し」などによるとみられる。
ピロリ菌の除菌治療の保険対象はこれまでは胃潰瘍や十二指腸潰瘍など5疾患だった。厚生労働省は胃がんとの関係を重くみて、新たに「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」という病名を定めて、今年2月から保険の対象とした。除菌すれば胃がん発生率は3分の1に減るといわれ、その効果を期待したわけだ。
保険適用となるには内視鏡検査を受けて、胃炎を確認することが必要だ。その際、炎症や粘液の特徴などからピロリ菌の感染の疑いが大体分かり、感染の有無を調べる専門の検査を受ける。東海大学の高木敦司教授は「ピロリ菌検査だけでは早期胃がんを見逃す。内視鏡検査との2段階でやる必要性がある」と指摘する。
検査はピロリ菌が尿素を分解する性質を利用する「尿素呼気試験」などが一般的だ。尿素を含む検査液を飲み、検査用の袋に息をふき込むだけ。便や血液、尿などを調べる手法もあり、被験者に大きな負担はかからない。
■3種類の薬を併用
除菌は3種類の薬を使う併用療法だ。2種類の抗菌薬「クラリスロマイシン」「アモキシシリン」と胃酸の分泌を抑える薬を1日に2回、7日間服用する。途中でやめてしまうと効果も限られて耐性菌を生む原因にもなる。「アモキシシリン」はペニシリン系の薬でアレルギーのある人は別の薬を使うが、その場合は保険対象外になってしまう。
1次除菌で除菌できるのは約7割の人。抗菌薬はほかの病気の治療にも使うため耐性菌になっている場合があるためだ。残り約3割は2次除菌として「クラリスロマイシン」を別のものに換えた3剤で治療する。ここまでで95%は除菌できる。
2次除菌までが保険の対象だ。慶応大学の鈴木秀和准教授は「3次除菌に有効な治療法はまだない」と指摘する。耐性菌のいる人は残り約5%といっても推定150万人以上と無視できない。さまざまな薬の組み合わせが検討されている段階だ。
杏林大学の高橋信一教授は「除菌してもがんになるリスクは残る。除菌後の内視鏡検査を欠かさないでほしい」と注意を促す。喫煙履歴のようなもので感染履歴があると、がん化に向けたスイッチが入り、リスクが高まるからだ。高校生くらいまでに除菌した場合にはリスクは低くなるともいわれ、それまでの感染検査の必要性を指摘する専門家もいる。
除菌後の内視鏡検査の頻度は胃などの状態によって変わる。胃に萎縮のある人は年1回。無い人は2~3年に1回などだ。ピロリ菌がもともとおらず、胃がんや胃の萎縮もない人は5年に1回という程度だ。
慶応大の鈴木准教授は「日本がピロリ菌撲滅に向けた壮大な実験を始めたと海外は見ている」と指摘する。除菌治療が広がって胃がん患者の治療費を抑制できれば医療費削減効果が期待できるという試算もある。個人にとっては保険適用でわずかな負担で検査できる利点は大きい。慢性胃炎の疑いなどがあれば医師に内視鏡検査などの相談をしよう。
(松田省吾)
[日本経済新聞夕刊2013年5月17日付]
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