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国立劇場「心中天網島」ほか 咲大夫の語り 絶妙の間

2013/5/20 日本経済新聞 夕刊

近松門左衛門生誕360年を記念し、昼夜に心中ものがかかる。ことに夜の「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」は、咲大夫が父(八世綱大夫)以来、51年ぶりに劇の核心を通しで語る。天満紙屋内より大和屋の段のおよそ1時間、一点一画もおろそかにしない迫真の上演。

「心中天網島」の終局、道行名残りの橋づくしの場面。治兵衛をつかう玉女(右)と勘十郎の小春

近松の最高傑作といわれるが、夫の浮気相手に同情し、着物を売ってまで身請けさせるなんて、今どき考えにくい話。が、難渋な近松の名文は奇妙な間を生み、不条理の闇をのぞかせる。間が魔になる瞬間をとらえる咲大夫の語りに新しさがある。

妻は「乳母か、飯炊(ままた)きか、隠居なりとも」と身を引く決意を示すが、その「か」の響きが運命の歯車をまわす。感情の暴走が三味線(燕三)と語りのずれで表される。取り残された子の表情をみての「冷たい目をするな」の鋭さ。三味線の音色と低い声色が夜の遊郭に死の扉を出現させる。川風の寒さ……。通しで語ることで、クールな現代オペラのような妙味が引き出される。

これに先だつ北新地河庄の段は千歳大夫、嶋大夫。人形は玉女の治兵衛、勘十郎の小春が手に入って、文雀のおさんも入念。ほかに能の「翁(おきな)」を移した「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」があり、住大夫が存在感を示す。

「心中天網島」の天満紙屋内より大和屋の段。文雀のおさん(左)と玉女の治兵衛。こたつが季節感をかもしだす
「寿式三番叟」で語る住大夫(右から2人目)

「曽根崎心中」の天神森の段。簑助のお初(右)と勘十郎の徳兵衛

一方、昼の部は近松の出世作「曾根崎心中(そねざきしんじゅう)」。勘十郎の徳兵衛、簑助のお初による情死が絵のようだ。お初が足で思いを伝える名場面も鮮やか。天満屋の段を源大夫・藤蔵で。

もうひとつ「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」では、熊谷陣屋の段を呂勢大夫・清治、英大夫・団七で。「十六年もひと昔。夢であつたなあ」の名セリフも、歌舞伎と違って劇に溶けこむ。文楽はさりげなく芝居の原点を発見させてくれる。27日まで、国立劇場小劇場。

(編集委員 内田洋一)

「曽根崎心中」の天満屋の段。お初は足で死の覚悟を徳兵衛に問う

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