聖書考古学 長谷川修一著史実との境界線を明らかに

2013/5/1

旧約聖書の内容の、どこからどこまでが史実なのか。中東一帯の遺跡を発掘して、その証拠を集めるのが聖書考古学である。

(中公新書・840円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 聖書は神の言葉だから、そのまま歴史的事実に決まっている。キリスト教徒は長い間こう信じてすませてきたが、今日こう考える人びとは少数派だ。19世紀から発掘が進み、ノアの洪水がバビロニアの洪水神話に由来することなどが明らかになったからだ。

 天地創造やエデンの園、バベルの塔などの物語は、神話である。ではそれに続く、族長(アブラハムら)の物語、モーセと出エジプト、サムソンら士師たちの活躍、ダビデ王やソロモン王の繁栄、王国の分裂とバビロン捕囚、神殿の再建……といったユダヤ民族の歴史は、どこまでが証拠のある歴史的事実なのか。《いまだに日本の歴史教科書の中には、モーセの出エジプトを史実として、具体的な年代とともに記述をしているものがある》と著者も言うように、モーセが実在の人物だとは言えない。ましてアブラハム、イサク、ヤコブの物語は史実ではない。ダビデ王やソロモン王の存在さえ、まだ確証がえられないとするのが聖書考古学の常識だ。聖書以外の文書に登場するのは王国分裂後の北王国の、オムリ王(前9世紀)が最初なのである。

 聖書考古学が再構成するユダヤ民族の歴史は、こんな具合だ。カナンの平野に農耕民が定住し、ユダヤ十二部族の祖先は山地で羊や山羊を飼っていた。平地の遺跡から豚の骨が多く出るが、山地からは出ない。ヤハウェを信じる彼らがリーダー(士師)に導かれて平地に進出し、やがて王を戴くようになった。大筋でマックス・ウェーバーが、『古代ユダヤ教』でのべた通りである。1世紀前のウェーバーの眼力に驚かされる。

 本書は、聖書考古学の最新の成果を踏まえて、ここまでは確実だがここから先はよくわからないという、実証にもとづく境界線を明らかにしてくれる。聖書考古学の手軽な入門書であると同時に、信仰のため、また教養のため聖書をひもとく人びとにも導きとなるだろう。遠い異国のはるかな古代に思いをはせる、贅沢(ぜいたく)な楽しみを与えてくれる。

(社会学者 橋爪大三郎)

[日本経済新聞朝刊2013年4月28日付]

聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)

著者:長谷川 修一
出版:中央公論新社
価格:882円(税込み)

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