マリッジ・プロット ジェフリー・ユージェニデス著頭脳明晰な学生たちの恋愛劇

2013/4/30

以前、米航空宇宙局(NASA)の女性宇宙飛行士が1500キロの道を車で驀進(ばくしん)し、恋敵に暴行したという事件があった。宇宙飛行士になるほどの優秀な頭脳を持ちながら、恋愛がらみでこんな異常行動に走るなんて、とびっくりした。しかし誰よりも熱心に勉強することができたその情熱が、恋愛に注がれた結果ともいえるのか、と本書を読んでふと納得してしまったのだった。

(佐々田雅子訳、早川書房・3000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 英文学を専攻する主人公のマデリンをはじめ、宗教学専攻のミッチェル、生物学専攻のレナードなど、登場する学生たちは、頭脳明晰(めいせき)でルックスもいい。しかし、マデリンを中心として繰り広げられる恋愛劇は、アルコールや薬、逃避行、錯乱など様々な要素が絡み合い、なかなか壮絶。この本がおもしろいのは、彼等(ら)がただ退廃的な日々を過ごすのではなく、自分の興味を持った学問に対しては熱心に取り組む点である。

 舞台は1980年代初頭の頃で、60年生まれの作者の青春時代が反映されている。ちなみに、前述の元宇宙飛行士も63年生まれで私と同じ年の同世代である。そういえば勉強も恋愛も全力で突き進むタイプが回りにいたような気もする。何しろ600ページも費やして、彼等の心理や行動をつぶさに追い、その時代の象徴的な文化や人物を事細かに織り込みながら編まれ、語りかけるような文体と相まって圧倒的な臨場感がある。

 「マリッジ・プロット」とは、「人生の成否は結婚次第、結婚は金銭次第」だった18、19世紀、オースティンらの小説家が主題とした、結婚に至るまでの男女間の紆余(うよ)曲折を指す。マデリンは、大学のゼミのテーマとしてこれを学びつつ、自らもこの時代の「マリッジ・プロット」の渦に巻き込まれていくという、二重構造になっている。

 アナログな時代の若者たちの、つい突っ走ってしまう過剰さや、愚かさ、妄想を深めてやたらに深刻に考えてしまう生真面目さなど、敏感で繊細すぎる故にやってしまいそうなことのすべてが盛り込まれていてじつに切実。それが時におかしくて、じんわりと悲しく、胸に乾いた風が生々しく吹き抜ける。

(歌人 東直子)

[日本経済新聞朝刊2013年4月28日付]

マリッジ・プロット

著者:ジェフリー ユージェニデス
出版:早川書房
価格:3,150円(税込み)

今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集