色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹著「共同体」を離れた主人公の旅

2013/4/30

即興演奏のようなものだ。序盤は、自分の演奏から何が出て来るかを作者自身がうかがっている。駅好きという主人公の変わった嗜好。不気味な友人、灰田。彼が語る父の謎めいたエピソード。おもしろそうな〈ヘンなもの〉がいくつか浮かび上がった中盤以降にストーリーは大きく動き出す。

(文芸春秋・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 主人公は36歳。作者からすると子の世代にあたる。中田英寿、あるいは作家なら中村文則の世代だ。出身は名古屋。高校時代、男2人、女2人と、恋や性を抑圧した友だち5人組を構成していた。5本指のように乱れなく調和して動くこの「共同体」を居心地よく感じていたが、駅舎建築を専門的に学ぶため、高校を卒業すると「共同体」をひとり離れて東京の工科大学に通った。ところが、大学2年の夏、理由を告げられぬまま突然、グループから追放される。

 ひとは俺の中に何かを求めて接近して来るが「それがうまく見つからず、あるいは見つかっても気に入らず、あきらめて(あるいは失望し、腹を立てて)立ち去っていく」。この内省は、不幸にも、大学時代に出来た唯一の友人、灰田によっても裏書きされ、今では、自分には「色彩」がない、「まともではない部分」があると確信するに至っている。結果、自分が傷つかずに済むよう、どんなに親密な相手との間にも無意識のうちに適度な距離を置くようになった。

 現在の年上の「ガールフレンド」が、主人公とのあいだに出来た微妙な隔たりを取り去るために忠告する。かつての5人組を訪ねて、16年前に拒絶された理由をきき出しそれに向き合いなさい。かくて「巡礼」が始まる。遠くはフィンランドにまで及ぶこの旅の途上、レイプと殺人という、思いもよらぬ事件とその暴力の「深層」が次第に明らかになってゆく。

 即興演奏は、演奏中にアクシデントとして生じた〈ヘンなもの〉がその後にどう活(い)かされるかが聴きどころ。うまくいくと、技巧では創り出せない天与の響きが生まれるが、うまくいかないことも多い。本書は、序盤の〈ヘンなもの〉たちが活かされそこなってザラリとした感触を最後に残す。

(文芸評論家 山城むつみ)

[日本経済新聞朝刊2013年4月28日付]

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

著者:村上 春樹
出版:文藝春秋
価格:1,785円(税込み)