毛沢東が神棚から下りる日 堀江義人著知識人と庶民の声集め歴史を検証

2013/3/18

チェック・アンド・バランスの機能しない環境において、権力は如何(いか)に乱用され、暴走するのか。中国で日常的に見られる官民の衝突や腐敗は、「一党独裁」が政治体制として致命的な欠陥を抱えることを物語る。

(平凡社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 例えば、地方政府は農民の土地を安値で買い叩き、開発業者に高く売る。党の司法への介入は常態化し、汚染を垂れ流す企業を告発しようにも企業の要職に党や政府の幹部が並ぶ。庶民の役人や金持ちへの怨(うら)みは根深く、貧民街と高級住宅街に囲いが設けられる事態に陥った。

 しかし、強制立ち退きを悲観し焼身自殺を図った家族の為(ため)に北京に向かう陳情者は、ネットの実況中継で当局の妨害に対抗する。こうした技術を駆使した社会運動が盛り上がる中、かつて権力の中枢にいた老幹部も国の行く末を憂え、統制をかいくぐって革新的な雑誌を発行する。

 「書いた記事の99%を焼き捨てたい」という元新華社記者は独自に取材を続けて大躍進・大飢餓の悲壮な現実を暴いた。元紅衛兵が懺悔(ざんげ)し、文革博物館が設立される等、歴史のタブーに挑む姿は人々が自律的思考で行動していることを表している。

 本書は知識人や庶民の苦悩、権利や公正を求める声を広く集め、毛沢東への崇拝が進んだ歴史的背景を検証している。読み進めるにつれて、「専制主義と訣別(けつべつ)した新しい中国」への展望を示すのはそう簡単ではないと感じた。中国社会の底流には依然、清朝末期から続く「救国」のテーゼが流れており、親から受け継ぐ戸籍で命の値段さえ異なるという格差もあるからだ。社会権と自由権をめぐる論争は混迷を極め、知識人と一般大衆の距離は一層広がっているようにも見える。

 天安門事件後に社会科学院副院長の職を解かれた李慎之は、中国の専制主義を否定するには「子民」(百姓)を公民化する啓蒙教育が必要だと訴えた。この主張は、今でも重く響く。問題は「誰が誰をどのように教育するか」であるが、公民社会の道筋が見えない限り、日本は毛沢東の肖像画を掲げて反日デモに参加したような人達と向き合うのに苦労を続けることになるのだろう。

(早稲田大学准教授 阿古智子)

[日本経済新聞朝刊2013年3月17日付]

毛沢東が神棚から下りる日: 中国民主化のゆくえ

著者:堀江 義人.
出版:平凡社
価格:1,890円(税込み)