宗教のレトリック 中村圭志著文章技法がもたらす心理作用

2013/1/30

宗教学者中村圭志氏の手にかかると、キリスト教も仏教も儒教もイスラム教も道教も、レトリックの塊(かたま)りであると明らかになる。

(トランスビュー・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 レトリックとは、直喩/隠喩/換喩/提喩/誇張/対比/列叙/逆説/…といった、文章技法の総称。レトリックに詳しい中村氏はこれら素材別に、さまざまな宗教のテキストを料理し、10章に仕上げた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」(イエスの説教)は対句。「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」(歎異抄)は逆説。本書はさながら「世界の宗教レトリック大全」である。

 宗教学者はそもそも、逆説めいた存在だ。いっぽうでさまざまな宗教を、客観的・学問的に考察する。特定の宗教にとらわれるわけにはいかない。だがもういっぽうで、宗教が人びとをとらえる強烈な磁力の核心に迫っていく。それには宗教にひきこまれる瀬戸際まで、身を乗り出さなければならない。著者はこの矛盾を、どう引き受けようとするのか。

 本書は宗教を、かずかずのレトリックの心理作用が人びとがとらえる働きに、還元する。そして、さまざまな宗教のテキストをばらばらにし、レトリックの技法に従って配列する。こうした相対主義の手順で、宗教は安全で無害なものになる。レトリックなら文学者におなじみで、その作用もたかが知れている。だが宗教は、レトリックに還元できるものなのか。

 著者はこうも言う。《我々はみな、自分が世界の中にどうやって…生まれ出るのか、その不思議さをうまく理解していない》。こうした《実存の神秘》や《文化の恩寵(おんちょう)》は曖昧にしか意識できないから、《神仏の存在》を空白のように確保しておくのだ、と。

 『信じない人のための…』シリーズの著者でもある中村氏は、信じないことにこだわっている。信じさせる宗教の力に、それだけ深く魅了されているとも言える。レトリックは、宗教の強烈な磁力から中村氏を隔てる防護柵のようなもの。こうした逆説的な仕掛けを必要とするほど、宗教はパワフルなのである。その威力の輪郭を本書は、読者に届けてくれている。

(東京工業大学教授 橋爪大三郎)

[日本経済新聞朝刊2013年1月27日付]

宗教のレトリック

著者:中村 圭志.
出版:トランスビュー
価格:2,100円(税込み)

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