メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年 小林紀晴著写真をめぐる本質的な問い

2013/1/28

重いテーマに真摯に取り組んだルポルタージュの力作だ。

(集英社・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 写真家であり『アジアン・ジャパニーズ』など文章の仕事でも知られる小林紀晴は、1991年に古屋誠一の展覧会に足を運び、そこで「目を背けたいのだが、もっと見たくなる」写真群と出会った。その「メモワール」と題する写真シリーズに心を揺さぶられた彼は、それから20年あまりかけてそれらの写真の意味を解きあかそうとした。

 50年生まれの古屋は、73年にヨーロッパに向かい、オーストリアの古都、グラーツに居を定めて写真家として活動しはじめる。そこで出会ったクリスティーネ・ゲッスラーと78年に結婚し、81年には長男が生まれた。ところが82年頃からクリスティーネの精神が次第に不安定になり、入退院を繰り返すようになる。85年10月7日、クリスティーネは当時一家が暮らしていた東ベルリンのアパートの9階から身を投げた。後には一緒に暮らした7年半の間に撮影された多数の写真が残った。

 古屋はその後、何度も繰り返し写真集を編み、写真展を開催して、自死に至るクリスティーネの心の軌跡を辿(たど)り直そうとした。2010年までに10冊の写真集(カタログ)が刊行されている。小林がとりわけ強く衝撃を受けたのは、クリスティーネの投身直後に古屋が撮影した、地面に倒れている彼女の姿をアパートの階上から撮影した一枚だ。もちろん道徳的な非難など覚悟の上で、古屋はシャッターを切り、その写真を公表したのだ。

 小林は、古屋の行為の意味について自問自答を繰り返し、スーザン・ソンタグが『他者の苦痛へのまなざし』で引用したプラトンの『国家』の中の一文に至る。ある男が、処刑された死体が横たわっている場所で「さあ来たぞ。お前たち呪われた眼よ。この美しい光景を思いきり楽しめ」と叫んだという話だ。この「呪われた眼」を、小林は自身を含めた写真家の宿命として受け入れようとする。その認識に辿りつくまでのプロセスを誠実に書き留めた本書は、写真という表現メディアに対する本質的な問いかけとなっている。

(写真評論家 飯沢耕太郎)

[日本経済新聞朝刊2013年1月27日付]

メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年

著者:小林 紀晴.
出版:集英社
価格:1,785円(税込み)

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