樋口一葉考 中村稔著「権威」への小気味よい問題提起

2012/12/18

樋口一葉は父親の死後17歳で「戸主」となって一家の窮乏生活を支えながら、すぐれた短編小説を残して24歳で夭折(ようせつ)した。近代文学史上の奇跡のような存在である。研究書や作品論も多い。そこに新たに、ユニークで問題提起的な一書が加わった。

(青土社・2200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書の前半では、『たけくらべ』『にごりえ』『ゆく雲』『大つごもり』『十三夜』『われから』の順で作品を考察する。『たけくらべ』に描かれた子どもたちの世界について、『にごりえ』のお力の心情について等々、論点を絞って、研究者たちの見解を引いて、具体的に反論するという形での考察である。

 関良一や前田愛といった一葉研究の「権威」を始めとして、現代の研究者に至るまで、著者の批判は率直で痛烈だ。「この解釈は間違っている」「まったく事実に反する」「到底同意できない」「学者の『考証』というよりも放言としか思われない」。実に小気味よい。もちろん作品や日記からたっぷり引用しながら論拠を示しているので説得力もある。私自身、おおむね著者に同意する。

 作品を尊重するのは読者の基本の礼節だが、誤読することは誰にもある。誰だって自己を投入せずに作品を読めないのだから仕方ない。しかし、研究者や批評家の場合、さらに、独自の論を構える、という意図的な圧力が加わる。そのとき、ただのうかつな誤読ではなく、自分の論の都合に合わせて作品を歪(ゆが)めてしまう危険が生じる。

 最も戒むべきことだが、往々にしてありがちなのだ。著者の指摘する研究者たちの間違いにもそういう一面がありそうだ。一方、著者の読解はあくまで作品の具体に即している。自戒も含めて、著者の批判が私に小気味よかったゆえんである。

 後半では、父親に対する一葉の心情、一葉の窮乏の生活史、旧派最末期の歌人としての一葉の歌の評価、の三つに焦点を当てて一葉の日記を読んでいく。ここも引用がたっぷりある。一葉の生活を読みとる際には法律に通暁した著者ならではの見識が随所に冴(さ)え、従来あまり顧みられなかった歌人としての一葉の再評価では詩人としての感性がいかんなく発揮されている。

(文芸評論家 井口時男)

[日本経済新聞朝刊2012年12月16日付]

樋口一葉考

著者:中村稔.
出版:青土社
価格:2,310円(税込み)

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