上海、かたつむりの家 六六著都市住民の夢と現実を凝縮

2012/12/5

地方から上海に出てきた姉妹とその男たちの物語だ。家賃650元(約8450円)、台所もトイレも共用の約10平米の古ぼけたアパートに夫と暮らす姉は、生後3カ月で実家に預けた子が自分に懐かないのにショックを受け、家族で住む家の購入を決意する。しかし、夫婦で月収9000元程度では頭金さえ工面できない。姉思いの妹は姉を助けようと東奔西走しているうちに大事な恋人を失い、上海市政府の役人と不倫の関係になる。

(青樹明子訳、プレジデント社・1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 姉は、実家のある地方都市に帰れば今よりずっと豊かだっただろうと考えてみる。しかし、大都市の戸籍は「無形の財産」であり、「五〇万元以上の価値がある」のだ。「だから苦しくてもここにいる」

 そうなのだ。姉妹は有名大学を卒業し上海市の戸籍を持つ。それでもかたつむりの殻のような小さな借家で、節約のため毎日インスタント麺を食べる生活を送る。

 高等教育を受けたエリートでも地方出身者は「搾取」される。姉妹が勤める会社は手当なしで残業を強要する。上海出身者のように地元の知人のコネを頼り、親のすねをかじることはできない。

 日本の「ウサギ小屋」も世界的に有名だが、中国の不動産価格の上昇は他の物価と比べても異常だ。土地取引収入を主な財源とする地方政府主導の乱開発がその一因だろう。苦しむのは庶民だ。早い時期に四方で金を借りて不動産を買い、転売で利益を得た者はよいが、より下の階層の人々は躊躇(ちゅうちょ)するうちに価格が急騰し、「これ以上待てない」と飛びついたばかりにローン地獄をさまよう羽目になる。

 無理をしてでも家を買える者はまだ恵まれている。社会サービスの充実する都市部には、大卒でも戸籍が取得できない「出稼ぎ」状態の人が増えている。彼らの中には居住する都市の規制を受けて不動産も車も購入できない者もいる。

 上海東方衛星テレビは本書を原作とするドラマを1週間で突然打ち切った。当局は、庶民が身近に経験し、見聞きする貧富の格差や役人の腐敗、社会規範の衰退などが見事に凝縮された本書が、話題を呼ぶのを恐れたのだろう。中国人の抱える傷と思い描く夢を具体的に理解させてくれる良書である。

(早稲田大学准教授 阿古智子)

[日本経済新聞朝刊2012年12月2日付]

上海、かたつむりの家

著者:六六.
出版:プレジデント社
価格:1,995円(税込み)