路(ルウ) 吉田修一著人々のドラマ 鮮やかに

2012/11/29
(文芸春秋・1650円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

たとえば、台北の粥(かゆ)屋の風景だ。春香がそこで一人朝食をとっていると、高校生の弟を叱りながら小慧(シャオホエ)がやってくる。何度起こしても起きないので小慧は腹が立っているらしい。髪に寝癖をつけたままの弟は知らん顔だ。店のおばさんは「遅くまで勉強してたんだもんね」と言い、おじさんは「女のこと考えて眠れなかったんだよな」と茶化(ちゃか)す。なんだか親戚の家で朝ご飯を食べているようだと春香は思う。このシーンが読み終えても残り続ける。

 あるいは、列車の中を男の子が走ってきて、老人の横で、ふと立ち止まるシーン。本筋には関係のないこういう何気ないシーンの一つ一つが、物語のあちこちから立ち上がってくる。

 台湾新幹線の建設というプロジェクトを中心にした物語だが、メインはその建設秘話ではなく、周囲の人々のドラマである。さまざまな人の、それぞれの人生を活写する筆致の鮮やかさと群を抜く切れにまず感服するが、いちばんは、久しく忘れていた小説を読むことの喜びが蘇(よみがえ)ってくることだろう。こういう小説を読みたかった。派手な道具立ては何ひとつとしてないが、これが小説だ。

★★★★

(文芸評論家 北上次郎)

[日本経済新聞夕刊2012年11月28日付]

★★★★★ これを読まなくては損をする
★★★★☆ 読みごたえたっぷり、お薦め
★★★☆☆ 読みごたえあり
★★☆☆☆ 価格の価値はあり
★☆☆☆☆ 話題作だが、ピンとこなかった

路(ルウ)

著者:吉田 修一.
出版:文藝春秋
価格:1,733円(税込み)

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