2012/11/27

「若者の投票率の低さが不公平な予算配分につながった可能性があります」。SMBC日興証券のエコノミスト、宮前耕也さん(33)はこう指摘する。前回選挙で20代の投票は49%、70代は80%だった。

内閣府の05年の試算では、1974~83年生まれの人は、社会保障の受益と負担のバランスが1世帯当たり生涯で約1660万円のマイナスだ。「これを、投票に来ない若者を政治家が冷遇した結果だと見なし、みんなが選挙に行けば負担超過をゼロにできると仮定します」。平均寿命までの間、衆院選が21回あるなら1回の投票の価値は約80万円。「ただし、若者みんなの投票が前提です」。明日香は「投票に行かないと不利な扱いを受けかねないわけね」と思った。

「1票の価値の格差は地域間でもありますよ」。アジア太平洋研究所の副主任研究員、村上一真さん(38)は一般会計を国会議員数で割って1人あたりの「予算責任額」を算出。これを各小選挙区の有権者数で割ったという。

例えば一番高い高知県第3区の1票の価値は議員の任期4年で約182万円。逆に千葉県第4区は76万円。実に2.4倍近い差がある。「最高裁で1票の格差が違憲状態だと指摘されたけど、金額で見ると改めて不公平感が募るわ」と明日香はまゆをひそめた。

「投票しないと損だということがよく分かりました」。納得した依頼人を見送った所長が「久しぶりに投票したくなったな」。夫人の円子がくぎを刺した。「“負け馬”投票券を買う気じゃないでしょうね」

<昔は高額納税者の特権 「タダで投票」は国民運動の成果>

日本で最初に総選挙が行われたのは1890(明治23)年7月1日。ちなみに投票日は今と違い火曜だった。選挙権は満25歳以上の男性で「直接国税を15円以上納めた者」だけに与えられた。

当時の15円を現在の額に直すのは、比較できる消費者物価の統計がないため難しい。投票日の中外商業新報(後の日本経済新聞)に載った商品相場から単純計算すると数万円だが、有権者が総人口のわずか1%だったことからすると、もっと価値があったのは間違いない。例えば、税制は違うが確定申告した人の所得の上位1%から考えると1千万円程度になりそうだ。

たくさん税金を納めた人だけの特権だった選挙だが、全員が喜んで投票に行ったわけではないようだ。投票から3日後の中外商業新報は「東京府民、政治思想の冷熱」の見出しで、東京府(当時)の選挙区で最大37%の棄権が出たと、批判的な調子で報じている。

納税条件撤廃を求める国民の運動の結果、1900年に10円、19年には3円に引き下げられ、初選挙から35年後の25年に普通選挙法が成立する。ただ、25歳未満や女性に参政権はなかった。20歳になれば誰でも「タダ」で投票できる権利は、先人たちの努力で勝ち取ったものだ。

(松林薫)

[日経プラスワン2012年11月24日付]