兵庫・六甲山 起伏富む尾根歩きを満喫眼下に広がる住宅街

関西在住の人にはなじみ深い兵庫県の六甲山。多くの山は麓の市街地から1~2時間で登ることができる。だが、縦走となると話は別。神戸市須磨から宝塚市までの尾根沿いに整備された道は、20近いピークを越える。全行程は公称56キロ、累積した標高差は3000メートルに達する。

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これを1日で歩ききるのが六甲全山縦走で、毎年11月に「KOBE六甲全山縦走大会(全縦)」が2度開催される。今年1回目の11日は、あいにくの雨にもかかわらず1934人が参加し1356人が完走した。

険しい六甲山に登ると、開発された住宅街を一望できる

全山縦走の最初の記録は大正時代。14時間20分かけて歩いたとされる。新田次郎の小説「孤高の人」には実在した登山家、加藤文太郎の超人ぶりを示すエピソードとして「縦走路を踏破し、歩いて(神戸の寮まで)帰った。およそ100キロメートルを17時間かけて歩き通した」と記される。

全縦が始まったのは1975年(昭和50年)で今年は38回目。六甲全山縦走市民の会の畠岡稔雄副会長(74)は六甲の魅力を「海からの日の出や日の入りはすばらしい」と語る。17時間40分という制限時間があるので、11月上旬に2日に分けて歩いた。

1日目は源平の一ノ谷合戦で知られる須磨浦公園を出発し、須磨アルプス、菊水山などを経て新神戸駅まで。同会の松田安修会長(73)に同行してもらった。2日目は1人で新神戸から全縦のコースに戻り、摩耶山や六甲山を通って宝塚へ下った。

出発地点から舗装された道や階段を上っていくとほどなく旗振山へ着く。かつて畳ほどの大きな旗を振って大阪の米相場を岡山方面に伝えたのだとか。早朝に体操する人を見かけたが、松田会長が「『毎日登山』をしている人。1万回とか2万回登る人もいる」と教えてくれた。

六甲山の縦走は住宅地や車道を歩く点で、他の山の縦走とは異なる。ポートアイランドなどを埋め立てるため山が削られ、跡地が住宅地として開発された。須磨アルプスと呼ばれる一帯では、岩場が険しいアルプスをほうふつとさせる一方、眼下には住宅街がハッキリ見えた。

高取山と菊水山の間の市街地はコース中、最も迷いやすい。要所に立つ案内板は、うっかりしていると見落としてしまう。源義経が平家に奇襲をかける際に通ったとされる鵯越(ひよどりごえ)は、駅名にもなっている。菊水山へはダラダラとした上りが続き、「全縦参加者アンケートで、最もきついという声が多い」(松田会長)難所だ。

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