2100年の科学ライフ ミチオ・カク著技術の進展を軸に未来を予想

2012/11/13

幾分、話半分。だが、未来予想などというものは本来そういうもので、それを承知で読み進めてみると、なかなか楽しめる。著者は高名な物理学者なので、未来学も科学技術の進展に軸足を置いたものになるのは当然だが、一つの特徴は、近未来から遠未来にかけてというように、未来予想にも時間差を与えているということだ。当然ながら遠未来の方が確実性が減り、その分奔放さが増す。その奔放さに夢中になれれば、あなたはきっと想像力が豊かな人なのだ。

(斉藤隆央訳、NHK出版・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 例えばユビキタスなら既に聞いたことがあるが、現実と仮想を混ぜながら体験できるインターネットコンタクトレンズなら話は別だろう。眼(め)に装着したそれは小型のコンピュータで、リアルタイムで出会う人や物のプロフィールの解説が読めるという次第。介護ロボットなら既に開発途中だが、感情をもつロボットとなると、SF世界を除けばまだ当分先の話だろう。いつしか、そのロボットに追い越されて、ロボットの邪魔をしないように隅で密(ひそ)かに生き続ける人間たちなどという未来像は、あたらないで欲しい話。ただ、その流れの中で出てくる脳の分析の話は、やはり面白い。個々のニューロン(神経細胞)のシミュレーションを大型コンピュータで行うのだ。

 誰の脳を選ぶかにもよるだろうが、とにかくそんなことが可能なら、人間の喜怒哀楽、空想と創造、記憶と企図のようないろいろな能力が外化され、データ化されるということになるのだろうか。悪用もいろいろ想像できるが、とにかくそうなれば従来の人間観には激震が走ることは間違いない。そこまでするかどうか、それは未来の人間たちが決めることで、私がいろいろ心配しても仕方がない。他にも抗癌(がん)ナノミサイルから宇宙エレベーターまで、いろいろな夢は尽きない。

 ただ、或(あ)る意味でこれら楽観主義一色の未来像は、今後の人口爆発と環境劣化という悲観的未来像とどう向き合うかで、その実現度も違ってくるはず。華やかな未来か、暗い未来か。実は、神ではないので完全にというわけにはいかないが、そのどちらに傾くのかは、われわれ自身の気構えにもかかっているのだ。

(哲学者 金森修)

[日本経済新聞朝刊2012年11月11日付]

2100年の科学ライフ

著者:ミチオ・カク.
出版:NHK出版
価格:2,730円(税込み)