ある男 木内昇著歴史の脇役たちの悲喜劇を活写

2012/10/23

昔の記念写真などが掲載されるとき、著名人と著名人の間の何人かが「○人おいて」とか「×人飛ばして」と書かれている。この連作小説集はいわば、おいたり飛ばしたりされた人たちが主人公の物語だ。

(文芸春秋・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 7編の物語は、明治元年から19年ごろまでの日本各地が舞台になっている。新しい国家体制を強化するために、地方を締め上げようとする中央政府。ご一新への期待を裏切られ、中央への憤りをつのらせる人民。その狭間(はざま)にいて思い悩んだり、賢く立ち回ったりした歴史の脇役たちがクローズアップされている。処女作で、新選組を一人一人の内面から描くという大胆な手法を試みた木内だが、この作品でも、男たちの内面の声に耳を傾けている。

 銅山の権利を奪った大蔵大輔(たいふ)井上馨に直訴した南部の金工(かなこ)(鉱山労働者)の話。不平士族を抑え込む秘策を大警視川路利良に提案する警察官の話。反政府決起の軍資金作りに巻き込まれた老細工物名人の話。中央政府から送り込まれた県知事と住民との間で悪戦苦闘する地役人の話。英国船沈没で日本人全員死亡の理由をねつ造する県役人の話。県令三島通庸への怒りで人びとが暴発しないように知恵を絞る元京都見廻(みまわり)組の男の話。国会開設に向けて奔走する岡山の俊才農民の話。

 一話一話は、ユーモラスだったり、ゾクッとしたり、スリリングな展開があったりと、物語を読む楽しさに充(み)ち満ちている。しかし、「政治」に翻弄される男たちの悲喜劇を活写したこの小説集は、それだけでは終わらない。うかうかしていると読者は、最終話ラストのどんでん返しに不意打ちを食らってしまう。そして「政治」は一筋縄ではいかないことを、肝に銘じさせられるだろう。

 そして、もう一つ印象に残るのは、男たちが語る「民権」に加えられていない女たちの自在さである。梓弓(あずさゆみ)で占う妻、夫を無視する妻、いつも冷静な判断をする姑(しゅうとめ)、彼女たちのありようから、男たちの政治を打ち破る「何か」の胎動のようなものが感じられるのだ。

 「維新」という言葉がもてはやされる時代、明治維新を見直す意味でも、いま読まれるべき小説ではないだろうか。

(書評家 松田哲夫)

[日本経済新聞朝刊2012年10月21日付]

ある男

著者:木内 昇.
出版:文藝春秋
価格:1,680円(税込み)

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