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国立劇場10月公演「塩原多助一代記」 三津五郎の「青の別れ」、見応え

2012/10/18 日本経済新聞 夕刊

塩原多助といえば、かつては知らぬ者のない名前だった。戦前までは大歌舞伎・小芝居を問わず驚くほどの頻度で上演されていたが、戦後を境にぱったり途絶えるのは、むしろ社会史の研究課題かもしれない。今月の国立劇場は1960年以来52年ぶりの上演となる。

家を追われた多助が愛馬と別れる「青の別れ」が有名だが、それ以外にも実の両親との再会の場や、大詰めの経済家としての多助の人間像など興味深いテーマや面白い場面がありながら、それが淡々としたエピソードの開陳に終わって一本の芝居としての盛り上がりとならない。元来が長編の人情噺(ばなし)の劇化として、おなじみの場面をつないでゆく、ドラマとしての構造が弱いせいでもある。

多助と悪人の道連れ小平を二役で勤める工夫も、小平がドラマの核心に絡むほどの活躍をしないので、「牡丹(ぼたん)燈籠」の伴蔵のような悪の魅力で劇を展開させる力に乏しい。だが、こうした作品としてのひ弱さはありながらも、舞台が単に珍しいというにとどまらない密度を保っているのは、多助と小平の二役を勤める三津五郎をはじめとする演技陣の充実のたまもので、個々の場面として見れば十分に見応えがある。

「青の別れ」のような、かつての観客の紅涙を絞ったであろう芝居を今日の観客に得心させるのは、三津五郎の実力をまって初めて可能なことだろう。8歳で生き別れた両親と再会する5幕目の「塩原宅」で、武士の義と女親の情を見せる団蔵と東蔵の両親も、現代の観客を納得させる肚(はら)の芝居を見せる。橋之助の善玉悪玉の二役はもう少し働かせたいが、秀調、吉弥、萬次郎など実力派がそれぞれ人物像をくっきりと描き出している。27日まで。

(演劇評論家 上村 以和於)

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