五輪後に景気が悪くなる理由 夏季6大会で例外は1つだけ

招致活動に参加する東京商工会議所にも立ち寄った。地域振興部長の荒木時雄さんは「必ずしも金銭的な効果を求めているのではありません」と話してくれた。五輪に期待することを聞いた会員への調査では「国民が共通の目標に向かう」「青少年の夢をはぐくむ」が上位を占めたという。

「日本のような先進国は経済以外を重視するのか」。五輪と経済の関係をみている三井住友アセットマネジメントのチーフエコノミスト、宅森昭吉さんに意見を求めると、「東京は国立競技場など改修が必要な施設がもともと多いんです。再利用してコンパクトな大会にすれば過剰投資の反動は抑えられます」という。「過去も日本人選手が活躍した年には消費によい影響が出ました」

「工夫次第で不況や財政悪化は避けられそうです」報告すると、所長が「東京五輪が開かれれば国際的な知名度を上げられるぞ。英会話を勉強しよう」と腕まくりした。夫人の円子がぼそり。「授業料は? 過剰投資の反動で立ち行かなくなれば元も子もないわよ」

16年の夏季五輪招致で東京は落選した(09年10月、都庁前)

<日本、何度も名乗り 20年大会、市民の支持が課題>

東京五輪は、日本が高度経済成長期のただ中にある1964年に開かれ、世界に復興ぶりを印象づけた。実はその前に、東京は2度、開催を逃している。

1度目は40年大会。フィンランドのヘルシンキを抑えて勝ち取った権利だったが、日中戦争が激化したため返上した。戦後も国際オリンピック委員会(IOC)に復帰してすぐ、60年大会に立候補したが、わずか4票しか獲得できず、最下位になり選に漏れた。

64年大会の開催が決まったのは59年5月。投票では58票中、34票を集め、米デトロイト、オーストリア・ウィーン、ベルギー・ブリュッセルに圧勝した。幻の40年大会から約20年たっていた。

その後、冬季五輪は72年に札幌、98年に長野で開かれた。だが夏季五輪は88年大会に名古屋、2008年大会に大阪、16年大会に東京が手を挙げたものの、いずれも他都市に大差で敗れている。

東京は20年大会にも名乗りを上げ、招致活動を展開しているが、IOCの世論調査で住民の開催支持率は47%と低い。ライバルのスペイン・マドリード、トルコ・イスタンブールは70%を超えており、関心をどう高めるかが課題になっている。

(松林薫)

[日経プラスワン2012年9月1日付]

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